短編

□血に飢えた口付け
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「ちょっと……!」
このままではまずいと空いている右手をドラキュラの胸元に当て、思いっきり押した。
しかしドラキュラはぴくりとも動かないどころか、私のシャツを開けていた手で両手首を掴み、頭の上に縫い付けられてしまった。
本格的に身の危険を感じたので、足もバタつかせて抵抗を試みようかとしたら、ドラキュラに睨まれたかと思うと動けなくなってしまった。

「怯えているのかい……?大丈夫。できるだけ痛くしないから」
できるだけ、ということはやはり痛いのだろうか。
血を吸われたことなんか蚊以外に経験はないけれども。
それにあれは痛いというより痒いのだが。

どうでもいい考えが頭を巡っている最中も両手は拘束されたまま、先程の続きと言わんばかりに今度は左手でブラウスのボタンを外していった。
ボタンを半分まで外したところでヴァンパイアの手が止まる。

「……」
じっと首元を見つめるヴァンパイア。
紅い瞳とは裏腹に、その氷のような眼差しは射止めるもの全てを支配下に置く。
私は動けないもどかしさと、次に何をされるかわからない恐怖で頭の中は凍りついてしまいそうだった。
すっかり静かになった私を見てもう抵抗しないと思ったのか、ヴァンパイアは私を拘束していた右手をゆっくりと解放した。
熱を帯びていた手首が床の冷たさでじんわりと温度が下がる。
ヴァンパイアの空いた右手はブラウスの襟元を捕え、思いきりブラウスを引き裂いた。
不意に外気に晒された首もとから肩までが月明かりに照らされる。
不安と恐怖に、ぎゅっと目を瞑った。

そんな様子を見てか分からないが、ヴァンパイアは首筋にかかった髪の毛を優しく払うと、首に顔を埋め、ねっとりと首筋を舐めた。
ぬるりとした感覚が肌に伝わると同時に、ああこのまま噛み付かれて血を吸われてしまうのか、という思考が頭の中をぐるぐる回った。

「……やはり、君は私の想像通り……」
首もとに顔を埋めたまま、ポツリとヴァンパイアはそう呟いた。
「……?」
呟きが聞こえてから暫くたってもヴァンパイアが動かないのを不信に思い、ぎゅっと閉じた瞳を恐る恐る開く。

そこには先程までの冷徹なヴァンパイアではなく、今まで見せたことのなかった優しい表情をしたヴァンパイアがいた。
一瞬にして、視線が支配される。
凍りついたように私の時が止まる。

そうか、私は彼にずっと支配されていたのだ。
これからは心や身体でさえも。


だからこそ、私はこの運命を受け入れるためにそっと目を閉じた。
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