短編

□最後のなつやすみ
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夏祭り会場は去年よりも多い人で溢れかえっていた。

最初は緊張を紛らわすためにわざと大げさに振る舞ったりしていたけれど、誰かに見透かされていそうで止めた。
金魚すくいに必死になってTシャツの裾がびしゃびしゃになっている同級生を眺めながらも、先輩のことばかり考えてしまっていた。
それだから浴衣に水がはねたことにも級友が謝ってくるまで気付かなかった。

ふと辺りを見渡すと先輩の姿が見当たらないことに気付いた。
どこへ行ってしまったのかと心配になり駆け出そうとした途端、誰かとぶつかってしまった。
おそるおそる顔をあげると今まさに探そうとしていた先輩であった。
謝り慌てて離れようとすると、逆に足がもつれて転びそうになる。

ふいに腕をつかまれる。
思わず見上げると先輩と目線がぶつかり合う。
心臓が一段と高鳴る。
時が一瞬止まったように感じられた。

ずっとそのままでいたかったけど、こちらが体勢を立て直したのを確認するとゆっくりと腕が離れていった。
先輩はこちらを見て大丈夫?と声を掛けてくれ、私は舌がもつれながらもなんとか感謝の言葉を発することができた。


向き合ったまま少しの沈黙。
他の人たちはどこか他の出店にいってしまったようで、この空間には私と先輩のふたりきりとなった。

周りは祭り特有のざわめき。私たちのことなど気にしないまま時は流れてゆく。

…決めた。今なら言える。
今、溢れる想いを伝えよう。
すうと深呼吸をする。そして。


「先輩…」

そう言った刹那、不意に花火が一発夜空を照らした。

私の想いは花火とともに空へ飛んで弾けて消えたのだ。


ある夏の甘酸っぱい思い出
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