短編

□最も甘いプレゼント
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茶色い長方形を包丁で砕けば、みるみるうちに小さくいびつな茶色がたくさん出来た。
これらをお湯の張った鍋の上に置いたまあるいボウルに入れて、ゆっくりと混ぜる。
そうすると固まりが徐々に溶けていく。

いつもより安い、88円の板チョコをこうやって加工しているのには訳がある。
世間はもうすぐバレンタインデー。好きな人にチョコレートを贈る日、なんて誰が設定したんだか。
それでも世間の波に乗るために私も彼に何か作ろうと思い立ったのは一週間前。

チョコレートクッキーとかチョコレートケーキとかフォンダンショコラとか色々考えてみたんだけど、直接彼に聞いてみたら「もっと単純で、甘いものが欲しい」と言われてしまった。

その問いに私が出した答えは、チョコレートを溶かしハート型に固めるという昔から手抜きとされているものだった。
ただチョコを固めただけだけど、これならチョコレートの甘さがそのまま感じられるから一番いいのではないかという結論に至ったゆえの判断である。

溶け切ったチョコレートをゆっくりとハートの型に流し入れる。
あとは冷やして、型から出して、愛のメッセージでも添えれば完成。
私はチョコレートの前で少し微笑んだ。

そしてバレンタインデー当日。
彼の家に可愛くラッピングをしたハート型のチョコレートと一緒に向かった。

チャイムを押し、快く迎え入れてくれた彼に早速チョコレートを渡す。
嬉しそうに包装を剥がして箱をあける。中にはもちろんハート型のチョコレート。

それをみた彼は一瞬不思議そうな顔をして、それから何かを理解したように「ありがとう」といった。
食べてみて、とせがむ私の前でハートをかじる。

「おいしい?」
「うん」
市販のチョコレートを固めただけだから、美味しくない訳が無い。
おもむろに彼はかじりかけのハートを私に差出し、食べてみなよという。
その行為にすこし戸惑いつつも、彼の手の中のハートを噛る。

瞬間。
彼に引き寄せられ、唇が奪われる。
互いからチョコレートの香りがほんのりとする。
しばらくして、ゆっくりと離れた彼が不思議そうな顔をした私に優しくほほ笑みながらいった。

「だから言ったろ。もっと単純で、甘いものが欲しいって。」

彼のせいでチョコレートより簡単に溶けていきそうだ。

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