短編

□さくらと共に
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「花盗人に罪はない」
そんな言葉を聞いたことがあるけど、それは今目の前に折れて地面に落ちている桜の枝にも適用されるのだろうか。
少し迷いながらも、桜の花をいくつか残した枝を掴み学校へと小走りで向かった。

今日は卒業式。私は二年生だからあまり関係ないけれど、大好きな先輩が卒業してしまうのだ。
だから会えなくなってしまう前に思い切って告白をしようと思った。つい三日前くらいに。
その事を友達の美咲に相談したら「早く告白しちゃえばよかったのに、バカね。」なんて言われてしまった。それが出来たら、苦労なんてしない。

教室に入ると何より真っ先に皆の視線が私の右手の中にある、桜の枝に集中する。
今更恥ずかしさを覚えながらも自分の席へと向かった。

「さーくらっ。」
聞き慣れた声に名前を呼ばれたので振り返ると、いつもと変わらない友人がいた。
「美咲、おはよう。」
「おはよ……って、あんたその桜どうしたのよ。」
「それはね…」
簡単に経緯を説明すると、美咲は笑いながら「さくらは桜に惹かれるのかねえ」などと茶化してきた。
私と同じ名前の桜の枝は教室の後ろに飾ってある花瓶の隣にこっそり置いた。

卒業式は無事終わり、下級生は卒業生を見送るために玄関口に集まりはじめていた。
私はというと今朝拾った桜の枝を手に取り、一つ大きな深呼吸をして玄関口へ向かった。

玄関の前には既にたくさんの在校生と卒業生がいた。
人の波に飲まれないよう気を付けながらも先輩を探しはじめる。
「さくら!先輩いた?」
いつのまにやら美咲が近くにいて声をかけてきた。
「ううん……あっ。」

先輩だ……!
友達と数人で歩いている先輩の姿を見つけた。
しかしいざとなると、緊張して足がすくむ。
「あっ本当だ。
ほーら、行ってきなよ。」
トン、と美咲が私の背中を押してくれたおかげでなんとか前へ進めた。
一歩先輩に近づくたびに少しずつ心臓の鼓動が大きくなる。

「先輩……」
ついに先輩の傍までやってきて声をかけるが、自分でも驚くほどに小さな声しか出なかった。
それでも先輩は気が付いてくれ、こちらを向いた。
目が合った瞬間心臓が止まりそうになる。

「あ、あの……」
「よう、さくら。おっ、綺麗な桜の花だな。
俺も今日で卒業だ。元気でやれよ。」
私が言葉を紡ぐ前に先輩ははそう告げ、かぶっていた学生帽を私の頭に被せてニカッと笑った。
そして周りの友達に急かされるように去っていった。
「あ……」
あっという間の出来事であった。
想いを伝える暇さえなかった。
それでも先輩は私に話し掛けてくれて、そして……

先輩の後ろ姿をぼーっと眺めながら頭に乗せられた学生帽にゆっくり触れる。
「さくら!」
いつの間にか美咲が小走りで近寄ってきて、思いっきり抱きつかれた。
「うわあ!」

手のなかにある桜は、風に揺られて花弁を散らした。

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