短編

□赤い糸の正しい使い方
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※自傷?、微血表現、死ネタ?注意



遠くで岩肌に波のぶつかる音がした。
潮風に髪がなびくのを気にしないまま私たちは崖の上に立っていた。
私は彼の左手を、彼は私の右手を握る。
二人はただ澄み切った空の向こう側を眺めていた。

「最後に、やりたいことがあるの。」
私の言葉を聞いて彼はこちらを向いて「なんだい?」と訊ねてきた。
「とっても、いいこと。」
私も彼の顔を見ながら言った。
彼は期待の眼差しを向けながら私の右手を離した。
私はというと、ふところから裁縫用の白い糸を取り出した。
円柱状のものに巻き付いている糸をくるくるくると30cmほど伸ばし、同じように懐に忍ばせていたカッターで切った。
そして残りの糸を仕舞った後、糸を左手に持ったままカッターの刃を左手の親指の腹に当て、そしてゆっくりと引いた。
痛みと共に指の腹には一筋の傷ができ、徐々にそこから鮮血が滲んできた。
糸を右手に持直し傷口の周りをぎゅうっと押すと更に血が滲む。
その傷口に糸の先をあてがうと、血によって糸が赤く染まっていった。

何をしているのか分かったのか彼はカッターを要求して、私と同様に指の腹にあてがい傷をつくり反対の糸の先を血で染めていった。
血が出なくなったらまたカッターで傷を作り、糸の白い部分を紅くする。
しばらくすると白の糸は赤の糸へとその姿を変えた。
「これで赤い糸の完成。」
二人の血で染まった糸を垂らして眺める。
既にところどころ酸化して、赤黒くなってきていた。
しかしそれは些細なこと。
「これを、ね。」
そう言い糸の端を自分の右手の小指に巻きつけ結ぼうとするが片手だけではうまくいかない。
あれこれ苦戦していると、彼の大きな指が優しく私の小指に触れ、そしてきゅっと糸を結びつけた。
「ありがとう。」
お礼をいい、今度はもう片方の糸の先を彼の左手の小指に結びつけた。

「これで、赤い糸の完成。」
私と彼の間に渡された糸は、固く二人を結びつけていた。
「いいアイデアだね。」
彼は自分の小指を見てそういった。
そしてこちらに微笑みかけた。
「私と、あなたとが結ばれている証。」
私も小指と彼を交互に見ながら言った。
「こんなことをしなくても、俺たちはとっくに結ばれているよ。」
糸で結ばれた手が触れ合い、どちらからともなく指を絡ませた。
そんな二人の姿を太陽だけが見ていた。

「そろそろ、行きましょうか。」
目の前に広がる空と海を眺めながら呟いた。
「そうだね。」
彼も同様に呟いた。
一歩、同時に前へ踏み出す。
また一歩、そして一歩。
「愛してるよ。」
不意に彼がいう。
「ありがとう。もちろん、私もよ。」
その想いに答える。
私たちは一歩、また一歩と前へ進む。
その先には崖の終着点。
続いている地面は途切れ、その下には荒れ狂う海が広がっていた。
また波が岩肌にぶつかり、激しい音をたてる。

もう一歩で崖の下だというところで私たちは歩みを止めた。
波の音が一際大きく聞こえる。
「今度は、生まれ変わったら、生まれ変わっても、あなたとまた出会って愛したい。」
彼を見て絞りだすような声で言った。
泣きだしそうな顔をしていただろう。それでも彼に最期に言葉を届けた。
彼もこちらを向き、優しくほほ笑みながら呟くように言った。
「うん。俺も、生まれ変わっても忘れずに会いに行く。
そしてまた愛すよ。
愛してる、今でも、これからも。」
そうして、彼は左手の小指に結ばれた赤い糸を見て「ね。」と言った。
私はうなずき、背伸びをしながらも彼の唇にキスをした。

私たちはお互いの愛を確かめた後、最後の一歩を踏み出した。

現世で結ばれることが叶わなかった私たちは、来世に思いを託すために互いを赤い糸で結びつけたのだ。

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