短編

□夕焼けの見える丘へ
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「みせたいものがある」
そう言われ、手を引かれるままに彼についていった。
「ねえ、どこにいくの?」
私が問い掛けても彼は黙ったまま歩いていく。
商店街を歩いていたはずの私たちは、いつのまにか緩やかな坂道を進んでいた。
太陽はどんどん高度を下げ二人の影を伸ばしていく。
周りの景色は賑やかなものから閑散としたそれへと変わっていく。
ただ繋がれた手から伝わる彼のぬくもりだけが頼れるものとなっていた。

「ねえ、どこへいくの?」
私はもう一度先ほどと同様の疑問を投げたが、今度は「もう少し」とちらりとこちらを向いて言い、改めて私の手をぎゅうと握り前を向き直した。
道の傾斜は緩やかに上がり、いつもの街の景色は遠くに行ってしまった。


「ここ。」
彼がようやく足を止めたのは、街のはずれにある小高い丘の上であった。
ここからだと街を見渡すことが出来るためちょっとした人気の場所なのだ。
「ここ……?」
だから私も存在は知っていたのだが、来たのは初めてだった。
彼が繋いだままであった手をゆっくりと離すと丘に備え付けられている柵まで近づいていった。
「こっち。おいで。」
導かれるままに彼の右隣に並ぶ。
「ホラ。」
彼が指差した空を見ると、正に今夕日が地平線の向こうへと沈んでいきそうなほどに眩しく輝いていた。
昼間にみせる黄色とは違い、燃えるようなオレンジの光が私たちの街を包み込んでいた。
「うわあ……きれい。」
キラキラとした光は私たちを照らす。
「だろ。」
彼は私の顔を見ながら微笑んだ。
すべてを吸い込んでしまいそうな迫力の太陽はゆっくりとビルとビルの谷間の地平線に消えていく。

「……ここから見える夕焼けは世界で一番きれいなんだ。だから、見せてやりたかったんだよ。」
「世界で一番って…言い過ぎなんじゃない?」
呆れる私をよそに彼は目を輝かせながら夕日に視線を向けていた。


彼が輝いてみえたのは、あの夕日のせいなのかもしれない。

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