短編

□僕と織姫の涙
1ページ/1ページ

朝から空を覆っていた厚い雲は、案の定お昼になると雨へと表情を変えた。
「今日はせっかくの七夕なのにね。」
周りからそんな声もちらほらと聞こえてくるなか、僕らはビニール傘を差しながら夏祭り会場へと向かっていた。

「七夕に降る雨は催涙雨って言うらしいよ。」
歩きながら、隣で悪戯っ子みたいに笑いながら教えてくれる君。
「へえ……なんで?」
「織姫と彦星が会えなくて流した涙が、地上に雨となって降り注ぐんだって。」
「そうなんだ。」
言われてビニール傘越しに空を見上げても、黒い雲が雨粒を地上に吐き捨てているようにしか見えなかった。

歩を進めていると、街のあちこちに飾られている笹が雨粒ですっかり濡れてしまっている様子が多くみられた。
願いをこめて書かれた短冊も、文字が滲んでしまっている。
これでは誰が願いを読み届けられるのだろうか。

「あちゃー、雨のおかげで短冊が濡れちゃってるねー。」
「……ああ。」
立派な笹の傍を通り過ぎる際にそう呟いた君を、横目で見た。

夏祭り会場に到着しても、雨は依然として止む気配をみせない。
一応出店は見えるものの、客足はまばらのようだ。
「やっぱり、人少ないな。」
「そ、そうだね……」
キョロキョロと辺りを見回す君を一瞥して声を掛ける。
「とりあえず行こうか。」
「…うん。」
そう言い会場へと一歩踏み出した。

会場の入り口からはまばらに見えたが、会場内はいくらかの人で賑わっていた。
「思ったよりも人居たな。」
「……」
隣の君は会場についてから口数が少なくなってはいたが、ついに反応を示さなくなった。
視線が誰かを探していることくらい、僕にもすぐにわかった。

そして、捜し物は見つかったようだ。

「よう。」
「あっ……」
話し掛けられた方を向くと、そこには一人の男が居た。
彼は僕らの先輩で、彼女の……
彼女は先ほどとはうってかわった笑顔を彼に見せる。

君は僕から離れていき、彼のもとへ駆けてゆく。


最初からそんなことわかっていた。叶うわけがないと知っていたんだ。
彼女の後ろ姿を見つめながら、ポケットの中にある、祈りをこめた短冊をくしゃりと握り潰した。

――催涙雨。
この雨は織姫と彦星だけが流した涙ではない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ