短編

□かざぐるまはクルクル回る
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「志郎さん、私、あれが見たいです。」
彼女が指差した先には、色とりどりの風車が売られている屋台があった。

「風車、ですか?」
「ええ。
 ……ダメ、かしら?」
私の浴衣の裾をちょこんと掴みながら上目遣いで頼まれれば、断る理由などない。
「もちろん良いに決まっていますよ。
 さあ、行きましょうか。」
「は……はい!」
そう言うや否や、彼女は吊された提灯が照らす道をやや小走りで駆け出していった。
赤い帯はひらりと舞い、かんざしがしゃらりと揺れる。
その姿がとても美しく、思わず見惚れてしまっていた。

「志郎さん。」
私が付いてこないことに気が付いたのか、彼女はふわりと振り返り私の名を呼んだ。
「どうかされたのです?」
「いや……なんでもないよ。」
上手い言い訳が思いつかず、つい視線を反らして言葉を濁す。
「ふふっ。可笑しな方。
 しかし、この人混みで一度はぐれてしまえば容易に会うことができませんよ。」
彼女はそう言い、今度は私の右手を掴んで小走りに駆け出した。
急に走り出したものだから、態勢が崩れてしまい足がもつれる。

「……おっと。
 志織さん、もう少しゆっくり歩くことはできませんか。」
着慣れていない浴衣で走るのは、想像以上に楽ではないと痛感する。
「だって、早く風車を間近で見たいのですよ。」
「そんなに急いでも風車は逃げませんよ。」
風車のようにくるくると回る彼女を諫めてみたところで、速度が緩むはずはなかった。
その間も、私の右手を掴む手から彼女の温度がじんわりと伝わってくる。

風車の屋台の前まで来ると、ようやく彼女は歩を止めた。
繋いだ手は名残惜しくも私の手から零れていった。
少し乱れた浴衣を直した後、既に食い入るように見つめている彼女の隣で店先の風車を眺めた。
夏の夜の心地よい風が吹くと、店先に飾られた幾つもの風車がカラカラと音を立てて回る。
その様子を彼女はキラキラとした瞳で見つめる。
そんな彼女を、私は見つめた。

「どれがお気に入りですか?」
私の問い掛けに少し悩んだ後、ある一つの風車を指差した。
「志郎さん、私これが気に入りました。」
指の先にある風車に視線を移すと、紺色と白色の羽を持った風車が回っていた。
「これは……私と志織さんの浴衣の色に似ていますね。」
今日、私は紺色の浴衣を、彼女は白地に淡い赤の朝顔模様の浴衣を着ていた。
「そうでしょう。まるで私たちのようで、素敵だと思ったのです。」
そう笑顔で語る彼女は、とても素敵だった。
「確かに、とても素敵ですね。」

くるくる回る風車の群れをずうっと見つめる彼女に、私は何かをしてあげたくなった。
だから彼女が指差した風車を手に取り、店主に伺い買い求めた。
「はい、志織さん。」
その風車を手渡すと、彼女は目を丸くしながらもゆっくり受け取った。
「あ、ありがとうございます。
 すみません、私が欲しそうにしていたから、あ、あの、お金……」
慌てて財布を取り出そうとする彼女を制し、私は首を振った。
「いいのですよ。これは、私が志織さんにプレゼントしたくて購入したのですから。」
「そ、そうですか。
 ……それでは!」

彼女は何か思いついたのか、再び店先の風車を今度は何かを探すように眺めた。
そうしてある一本の風車を掴むと、先ほど私がしたようにそれを購入した。
「はい、志郎さん。」
購入した風車を私に差出しながら、彼女は笑顔でそう告げた。
状況が飲み込めないままに差し出された風車を受け取る。
「こ、これは……?」
手にした風車をよく見ると、それは彼女が欲して私が購入した風車とお揃いの色だった。
「ふふ、私から志郎さんへのプレゼントです。
 ……あっ、も、もしかして迷惑だったでしょうか……」
しょんぼりしてしまった彼女に慌てて言葉を返す。
「い、いえ!
 とても嬉しくて、思わず固まってしまったのです。
 ……ありがとうございます。」
彼女は私の言葉を聞いて安心したのか、再び笑顔が戻ってきた。
「そうですか!よかったです。」

彼女は手のなかにある風車に向かい、ふうと息を吹いた。
すると先ほど店先に飾られていた時と同様に、くるくると回りだした。
その様子を見て、私も手にある風車に向かって息を吹き掛けた。
これもまた同様に、紺色と白色が互いを追い掛け弧を描きながらカラカラと回る。

くるくる回る風車を眺めていたら、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「よかった。志郎さん、気に入ってくださったようで。
 先ほどは私に気を遣ってくださったのかと心配しました。」
そう言い、彼女は満面の笑みを見せた。
「そんな、志織さんから頂くものを嫌がるわけがありませんよ。」
「まあ。ありがとうございます。」
そうして二人は笑い合い、飽きることなく風車を回した。

「さあ、次はどこに行きましょうか。」
彼女にそっと手を差し出す。
「そうですね……あちらに、行ってみましょう。」
差し出した手に、彼女の手が重なる。

互いの手はゆっくりと絡まり、もう片方の手のなかにある風車は風に揺られてまたくるくると回った。

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