短編

□月に関してのそれぞれの解釈の違いについて
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決められた旅行というものは、なんともまあ退屈なのだろうと思いながらも一日目の夜を迎えた。

夕食時間も終わったのでひとっ風呂浴びようかと温泉まで続く中庭に面した廊下を歩いていたら、中庭に誰かがぽつんとたたずんでいるのが見えた。
今宵は満月だからか、外がとても明るくて余計にその人物が見える。
誰かと思って目を凝らして見たら、それは今回の旅行に共に来ていてよく知る人であった。
そいつは、何故か空の月を眺めてはため息を吐いて切ない表情を浮かべていた。

「……こんなところで何やってんだ?」
そいつに近付きながら話しかけると、こちらに気付き、手を振りながら向こうからも歩み寄ってきた。

「いやあ……月があまりにも綺麗だから、さ」
少し照れながらも先の質問に答えてくれた。
服装が昼のそれとは違うところをみると、どうやら既に風呂に入ったらしい。
風呂上がりの夜風は心地がいいだろう。

月が、綺麗。か……
先の言葉につられて空を見上げると、確かにそこには大きな月がぽっかりと浮かんでいた。
まだ満月までには数日あるのか、やや欠けてはいたが。

「ね」

ぼうっと月を眺めていると、そいつは同意を求めるように、こちらに笑顔を向けながら短い言葉を発した。

突然。本当に唐突にかの有名な和訳が頭の中に浮かんだ。
それはあまりにもベタすぎて、直ぐに気付かれバカにされてしまうだろう。
それでも。
ちらりと隣に目をやり、また月に視線を戻した。

「……つ、月が綺麗ですね」

沈黙。
もしかしたら心臓の鼓動が聞こえてしまうかもしれないほど、うるさく鳴る。
月しか見ることができない。

「いやそれさっき言ったから」
ぐるぐると回っていた思いとは裏腹に、あっさりと、ばっさりと言葉を斬られてしまった。
なんとも無意味で、滑稽な一瞬だったのだろうか。

「……ばーか。
月に感動するくらいならもうちょっと勉強しろ」
なんかちょっと悔しくて、そっぽを向きながら悪態を一つ吐く。

「なっ」

顔を少し赤くして、強がった表情をこちらに向けていた。
まさか湯上がりの熱がまだ引いている訳ではあるまいな。


夜空の綺麗な月が、そんな二人に優しく影を落とした。


「I love you.」

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