短編

□最後に頼れる一つの言葉
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「恋のおまじないってホント色んな種類があるけれど、どれもイマイチ効き目がないんだよねえ……」
放課後の閑散とした教室。
机に突っ伏しながら唐突にアカリは言い放った。

「は、はあ……は?」
そのあまりにも唐突すぎる言葉に、ヒロトは困惑を隠せなかった。
「ちょっと意味がわからないんだが……」
アカリの前の席にいたヒロトは、椅子に横向きに腰掛け上半身だけを後ろに向けていたが、アカリの摩訶不思議な言葉に思わず椅子を持ち上げ体ごと後ろへと向き直した。

「え?だーかーら、気になった恋のおまじないをね、手当たり次第色んな人に実際に試したんだけど、どれも効果がなかったんだよ……」
少し顔を上げ、不満そうな声を出すアカリ。
「『色んな人に試した』っていうのは、ま、まさか……」
「そのままの意味よ。
まず部活の梶先輩に試したでしょ。その次はサッカー部の久遠君に、そして剣道部の上原君、合唱部の噂の一年生君とか……あ、あとクラスの花村君にも試してみたなあ」
ヒロトの不安をよそに、アカリはそのまま机に顎を押しつけ指折り数え始めた。
「おい花村にまでやったのかよ……可哀想に、あいつ」
花村のぽっちゃり体型を思い浮かべてヒロトは一つため息を吐いた。

「まあおまじないっていうのは結局気休め程度しかないってことがわかったので、この作戦は諦めることにしたの」
「ふうん」
伸びをしながら、アカリはやや満足そうな表情を作った。

「やっぱ本命には直球勝負で挑まないと……」
そして、小さな声でつぶやく。

本命、ねえ……
その小さな呟きがヒロトの胸をチクリと刺した。

「で、結局本命とやらにはどうしたんだ?」
胸の痛みに気付かない振りをして、尋ねながらアカリの顔を見ると、普段の彼女からは想像出来ないほどに真っ直ぐな目をこちらに向けていた。

「な、なんだよ……」
「好き」
「……ハァ?」

……今のは聞き間違い、なのだろうか。
ヒロトの中で疑問がぐるぐると回り、知らず知らずのうちに体温が上昇する。

「色々小細工を仕込んでも、最終的には直球勝負が一番いいと学びました。ハイ」
じゃ、とアカリは席を立ち教室の扉へ向かう。
「お、おい……俺の返事はいいのかよ!」
我に返り慌てて呼び掛けた時には、アカリは既に扉に手を掛けていた。

「ん?」
ヒロトの必死な声にくるりと振り返る。
そして先ほどと同じような真っ直ぐな視線をヒロトに向けたまま、アカリは口を開いた。

「私はあんたが好きよ。あんたも私が好きならば追い掛けてくるくらい、しなさいよ。」

そう言い放つと、今度はさっさと教室から出ていった。

……俺の気持ち、ねえ。

アカリが出て行った扉を暫くぼんやりと眺めていたが、意を決し床に寝転んだカバンを引っ付かんで、先ほど開け放たれた扉に向かって駆け出した。

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