短編

□優しい雨音
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突然の雨に対し、私はしのぐ手段を持ち合わせていなかった。

「今日は雨降らないっていったのに……」
今朝のお天気おねえさんの発言を思い出しつつ急いで軒下に避難してはみたものの、通り雨にしては止む気配を全く見せない。

「困ったなあ。」
濡れた髪にハンカチを当てながら通りをぼんやりと眺めることしか出来なかった。

雨が地面に当たると、ぽつ、ぽつ、という音が辺りに反響する。
道を行き交う人々は、雨が降ることを予知していたかのように傘を差していた。
私はというと、しとしとと降りしきる雨の音と色とりどりの傘の行進をぼうっと眺めていた。

早く止め、もしくは誰かその傘に入れてはくれないか――
そう思った時、突然目の前に紺色の傘が差し出された。

「えっ!」
それはあまりにも唐突で、思わずすっとんきょうな声が口を突いて出た。

「お困りのようですな、お嬢さん」
紺色の傘の影から、よく見知る顔がのぞいた。
「あ……もう、びっくりさせないでくださいよう」
しかしお陰で心細かった気分が一気に晴れやいだ。そんな事は口が裂けても言えないけど。

「はは、ごめんね。
ところで見たところ傘を持っていないようだけど、どうだい、入りますか?」
彼は傘を傾け、クイと空いている隣を顎でさす。
「え、いいんですか!助かりますー」
私は遠慮という言葉を知らないかの如く、お隣に失礼することにした。

他人の傘の中から見る景色は、やはり軒下のそれとはまるで違っていた。
それともうひとつ、雨の音も。
傘に雨粒が当たると、軒下のそれとはまるで違いポツポツと軽快な音を響かせる。

それでも、早く止まないかなあ……
なんて、少しだけまだ思っていたりもする。

「そういえば」
不意に隣にいる傘の持ち主が呟きこちらを見た。
「君はすんなり僕の傘に入ったけど、これ端から見れば相合い傘だからね?」
半分ふざけたような声が私に降り注ぐ。
「ち、ちょっとそんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ!
わかってて、敢えて黙っていたんですから……」

嘘だ。
とにかくあの場所から抜け出したくて、咄嗟に差し出された傘に入ったのだ。
まっすぐな指摘に思わず否定はしたが顔の温度は下がる気配がない。

「ははっ、そうか。じゃあそういう事にしてあげよう」
私の心境を知ってか知らずか、からかいの意がこもった言葉が返ってきた。

空を見ると先程よりも雨足を弱め、その雨音はまた優しく私に降り注ぐだろう。

先ほどまではあんなに止んで欲しかった雨よ、できることならもう少しだけ降り続いてくれ、と願う。

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