短編
□四文字に込めた
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「好きです」
その四文字が言えなくて、私は苦悩する。
きっかけなんてほんの些細なもので、気がついたら貴方の事ばかりを考えていた。
放課後、カバンを肩に掛けながら小走りであの場所へと向かう。
貴方の、特等席へ。
いつもの長い廊下のその先にある、いつもの扉に手を掛ける。
上がった息を少し整え、ひとつ深呼吸をして扉を開く。
「こんにちは」
特に何かするわけでもなく、ただ貴方の顔が見たくて。
ただ貴方と下らない話がしたくて。
ただ貴方の側に居たくて。
「また明日」
楽しい時が過ぎるのは早く、今日もまた下校時間が訪れた。
夕焼け色が窓から差し込むなか、貴方に別れの挨拶を告げる。
「好きです」
いつになったら貴方に言えるのだろうか。
もしかしたら、このままただふわふわとした関係を心の何処かで望んでいたのかもしれない。
否、この関係が壊れる事を恐れていたのかもしれない。
「好きです」
私が伝えたかった四文字は、他の誰かにあっさりと奪われた。
どうして、言えなかったのだろうか。
どうして、言わなかったのだろうか。
後悔の念がぐるぐると私の中で渦巻きながら、ただ貴方と誰かが二人で楽しげにしているところを眺めることしかできなかった。
「好きです」という四文字が言えなくて。
かといって貴方のことも諦められなくて。
それでも、貴方が私には見せない笑顔を見た時に、胸がチクリと私を刺した。
「好きです」
貴方が。
今もずっと。
だから私は笑顔であの四文字を言う。
「さよなら」
好きだから、さよならを言うんだ。