短編

□それは狂気の愛ゆえに
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※微変態と微グロ注意。



彼は私のなくなった右手を愛していたんだと改めて悟った。彼が何度も何度も私の右手が綺麗だったと、まるで壊れたテープレコーダーのように繰り返し呟く隣で。

私は少し名の知れたピアニストだった。世界中を飛び回り演奏をする日常を過ごしていた。
そんななか、彼と出会った。
初めて会ったとき彼は私を見るや「素敵な手をお持ちだ。」と言い放った。
私は自分の容姿に自信がないわけではなかったのだが、なにより先に手を誉められるのはピアニストをしていて初めての経験であったためそのときはうまく返す言葉が出なかった。

それから彼は幾度となく私のコンサートに足を運び、私の手を誉め、そっと私の右手を彼の両手が包む。その行為といったらまるで壊れそうな陶器を優しく扱うようであった。
私はそんな彼のことを、とても熱心で、そしてちょっとおかしな客という認識でとどまっていた。実際、彼からの接触のしかたはただの一ファンとしてのそれを越えるものはなかったし、私もそれ以上の感情を抱く隙などなかったのだ。

ようやくコンサートツアーが終わり暫しの休息が訪れたときに、事件は起きた。
右手が急に動かなくなったのだ。
もしかしたらもうピアノを弾くことが出来ないどころか二度と動かすことすら出来なくなるかもしれない、と医者には告げられた。
その言葉を聞いたとき、自由に旋律を奏でられなくなった指など根本から腐って落ちてしまえばいいのにと思った。
手が指が自由に動かせられないのは、ピアニストとしては死の宣告を受け取ったのと同じだ。
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