短編

□雫
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水面にまた一つ雨粒が落ちた。
雨粒が円を描きながら溶け込んでいくのが幾度となく繰り返されるのを、私は飽くことなく見つめ続けていた。

雨がしとしとと降りしきる放課後の学校の裏庭。
激しくはないが傘を差していない私の体は既にずぶ濡れになっていた。
そんな状態は気に留めず、裏庭の片隅に出来たちいさな水溜まりをしゃがんで覗き込んでいた。

どのくらいこうしていたのだろうか。
不意に背後から誰かの気配を感じたので首だけを少し後ろに向けてみると、傘を差したあいつが立っていた。

「……また先生と喧嘩したのかよ。」
困ったような怒ったような声でそう言った。
見上げる形であいつの顔を見ると、なんだか悲しそうな顔をしていた。
なにか言い返そうかとは思ったけどその表情を見ていると、思い浮かぶ言葉がまるで雨に流されるように消えていった。
だから何もいわずにまた水溜まりに視線を戻した。
耐えず落ちてくる水滴により揺らぐ水面には映らない私の顔は、たぶんものすごく酷いのだろう。
しばらくの沈黙があった。まだあいつは後ろにいるのだろうか。気配を感じながらも気付かないフリをしたまま。
濡れた髪が頬に張りつく。雨音だけがぽつりぽつりと聞こえる。

もしも私が優等生でいたならば、あなたは振り向いてくれないでしょう?
ただそれだけの我儘のため、私は劣等生で在り続ける。

いい加減水溜まりを眺めるのも飽きたので、ゆっくりと立ち上がる。
ずいぶん長い時間同じ体勢でいたため膝の関節がぱきりと鳴った。
まだ後ろにいるであろうあいつの顔を見ないように、俯きながら素早く横を通りすぎようとした。
が、それはかなわなかった。
急にかくんと体が止まり、右腕からぬくもりを感じたかと思えばあいつの左手が私の右腕を捕らえていたのだった。

時間が、止まる。

「…はなして。」
冷たく言い放ち手を振りほどこうとしたのだが、その手はしっかりと握られていて振りほどくことが出来ない。
どうして、と言おうとしたら急に体ごと引っ張られたかと思うと、濡れた体に暖かさを感じた。
あいつが私を後ろからぎゅっと抱き締めてきたのだ。

傘がふわり地面へと落ちる。

「はなして、よ…」
本当はずっとこのままでいたかったけれど、何故だか素直になれないままに言葉を発してしまった。
それにこのままだとあいつまでびしょ濡れになってしまう。

しかしそんな私の心配をよそに抱き締める力を更に強くした。
それはぬくもりと共にもっと大切な何かが伝わってきた瞬間でもあった。


この空間だけ時が止まったように、一秒が何十時間にも感じられた。

水溜まりには相変わらず雫が零れ落ちてはまあるく線を描いて静かに消えていった。


雨の中ふたりきり

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