AZ

□どこまでも青く澄んだ世界
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 倒れていた黒髪の少年。

 どこからきたものか、ずいぶんと疲れ果てていて、身体も身にまとう衣類もボロボロだった。





「おや」
 衣擦れの音に見下ろすと、少年が瞳を開くところだった。
「道端に倒れていたんだ。覚えているか?」
 少年は小さな頭はゆるりと左右にふられた。
「そうか」

 俺はタオルを取り出し、ポットから湯をボールに注ぐ。 
 その動きを追うような視線を、背後から感じた。

「ここは俺の家だ」
 振り返るとやはり、少年と視線が合う。
「見ての通りひとり者なのでな。気兼ねなくゆっくりしていけばいい」
 返事はない。緊張しているらしい気配だけが伝わってくる。

「目を瞑って」
 俺は湿したタオルで、そっと顔を拭いてやった。
「そら、いいぞ。おっ、おまえなかなか男前じゃないか」
「ザックス」
「ザックス、名前か? 俺はアンジールだ」

 少年はまばたきをしてから頷き、じっと自分の両手を見つめている。
「手も拭いてやろう、それから食事だ」

 だが、うちには野菜しかない。この年頃なら、肉類もないと物足りなかろう。
 今日ならばクリスマスの売れ残りを、野菜と交換してもらえるかもしれない。

 いや…ザッックスの衰弱ぶりからするともっとやさしい食事が適切か。

「スープ飲むか?旨いぞ」
「うん」
「あっためてくるから、もうしばらく寝ていなさい」

 食事の後、家族と連絡を取らないと。
 家出の可能性もあるな。その場合はゆっくりと訳を聞いてやろう。

 なあに、時間だけはたっぷりとある。



 よほど腹が減っていたのだろうか。
 皿を差しだしたとたん、顔を突っ込んで飲もうとしたザックス。

「皿に足はない。落ち着いて食べろよ」
「うん」
「どうだ、旨いか?」
「おいしい」
「それは良かった。その具材も、裏の畑で俺が育てたものばかりだ」

 その腹が満たされるに比例して、ザックスの舌もなめらかになってくる。

「アンジールって凄いね」
「そうでもないぞ。見ての通り、なにもない部屋だ」
「アンジールがいる」

 迷いなき瞳。
 恩人に媚びた色ひとつ漂わせず。

「俺、腹減るのも寒いのも痛いのも、どれも嫌いだけど…ひとりぼっちが1番イヤだ」
「ザックス、家族は?」

 ザックスが黙り込む。
 まだ早かったか。

「言いたくなければ、今は」
「アンジール」
「どうした、ザックス」

「家族ってなぁに?」
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