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『遺書』


(メモ書)
はじめに僕の人生が天国だったか地獄だったかと言うと、天国だったかと思います。
なぜ「僕」という一人称なのか、君は違和感を覚えるかもしれませんが、
普段の言葉遣いだと書くのが滅入ってしまうので。
文体も少し気取ってみました。


(一枚目)
晋助――

君との出会いは決して劇的なものではありませんでした。
学校で同じクラスになった、それでたまたま席が隣だった。それだけのことでした。
新学期の初日、君は欠席でした。
君のことは全く知らなかったから、先生が「またか」と溜息をこぼしていたのを見て、
きっと気が強い子なんだろうな、と何となく想像を膨らませていました。
僕は内気で友達も少なかったから、君のような反乱分子のかたまりが憧れの的だったのかもしれません。うらやましい、と思いました。

二日目、君はちゃんと来ましたね。でも鞄の中には何も入ってなかったような気がします。
初対面を果たした時、とても冷たい目をした子だな、という印象を受けました。
同時に言い方は大げさだけど、はっとするほどの美人だったので思わず顔を背けてしまったような気がします。
君はすでにその年で、男の扱いに長けていたのでしょうね。
僕の反応が当然だとでも言うように、艶やかに微笑んでいました。

「教科書を見せてほしい」と君に頼まれた時、ページを開く手がぎこちなかったかと思います。
君はそんな僕を面白可笑しく感じていたかもしれませんが、僕は君のような綺麗な子と教科書を共有することさえも緊張しました。
それから一週間後には君が好きだと思うようになるほど、僕は何も知らない童貞でした。

僕が隠すのが下手だったのかもしれないし、君が鋭い観察力の持ち主だったのかもしれません。
驚いたことに、君から「今度遊ばないか」と誘ってくれました。
その時君にその気があったかどうか、今でもわかりません。
でも僕はすぐに脈ありだと思い込んで、約束の日の前日に流行りの服装やデートスポットを明け方まで調べました。
当日、両目の下に見事なクマが出来た僕を、君はからかいました。
私服で身を包んだ君は、学校と言う束縛から解放されているせいか、とても穏やかな表情をしていました。
冷たい目をしている、という第一印象が嘘のようでした。

街を歩いて買い物をして食事をしただけでしたが、どの君も新鮮で、僕はずっとはしゃいでいました。
君とどんな会話をすればいいのか分からなくてほとんど黙っていましたが、本当に楽しかったのです。
ちょっとした仕草に、いちいち胸をときめかせていました。
たとえば、ファッションビルに入った時に「これにしようかあれにしようか」と選びかねている君。最高に可愛いかったです。

二度目のデートの約束が取れました。
まだ付き合ったわけでもないのに、僕はすっかりその気になっていました。
人間と言う生き物は欲張りなんでしょうね。
一度目以上のことを、君に期待してしまいました。
叶わないだろうな、と半分は諦めながらも、半分は君から誘ってくれることを望んでいました。

君は見事に叶えてくれました。一人暮らしの僕の家に行きたい、と言ってきました。
本当は踏むべき段階があったのかもしれないけど、君に言われるがまま僕は軽々とそこを飛び越えてしまいました。

僕は君にとって何人目の男だったのでしょう。手慣れたものでした。
挿入の仕方も分からない僕の前で、君は躊躇いなくその雪肌をさらしてくれました。
情けなく勃起したそれを、君が導いてくれました。
こんなに気持ちのよいことがあるんだな、と。天国に行き着いてしまうのではないかと思うほど、最高の瞬間でした。
どの角度から抱いても、君は綺麗でしたね。
特に下から君の乱れる姿を眺めた時はくらくらしました。
まだ高校生でしたが、それが初体験でした。

それがあってからは、週に一度のペースでデートをしました。
一度君を抱いてしまうと飽きるどころか、性欲の魔物に取りつかれたようになってしまいました。
僕が毎回我慢できないでいるのを見かねて、裸で抱き合えない場所の時は手で処理してくれたり、銜えてくれたりと、君は必ず満足させてくれました。
君にとっては簡単なことでも、僕にとっては非常に有難いことでした。
これだけを書いてしまうと、君が僕にとって性的対象でしかなかった、と受け取られてしまうかもしれないので、加えておきます。
ベタな言葉を選ぶなら、君の隣にいるだけで幸せでした。
君がいる日々が充実していました。恋人とかそういった関係が口で約束されることはありませんでしたが。
青春の満喫度に関しては、誰にも負けない自信があります。
君は、どうでしたか?


(二枚目)
半年くらい経った頃でしょうか。
君が廊下で誰かに問い詰められているのを見ました。
「早く金を返せ」と、相手の男は険しい顔をして怒鳴っていましたね。
君を庇わなければ、と言葉より先に身体が動きました。
君は僕に気づいて「助けて」とすがりついてきました。
無知とは恐ろしいものですね。僕は純粋に、君に頼られる男になれた、と錯覚してしまったのです。

十万単位のお金を借りている、と聞いた時、僕の心臓が不穏なリズムを打ったのを覚えています。
あの時気づくべきでした。君を嫌いになるべきだったと言っているのではありません。
後戻りがきかなくなる前に、君から離れるべきだったと思うのです。
だけど当時の僕は君のことになると頭がいっぱいになってしまう、盲目少年だったのでしょう。
「俺が返すから」なんて君の親でもないのに、君に約束してしまったのです。
涙を浮かべて感謝の意を告げる君を、何の疑いもなく僕は抱き締めました。
君は僕の胸の中で、どんな顔をしていたのでしょうか。
狡猾な笑みでしょうか。冷徹な笑みでしょうか。
それとも、少し罪悪感を含んだ、難儀な表情でしょうか。

借金の理由は分かりませんでした。ただ聞いてはならないと僕が勝手に決め付けていました。
僕は金のかからない人間でしたし、仕送りで暮らしていました。
しかも高校生の割に時給のいいバイトをしていたので、意外と早くに返せたかと記憶しています。
君は僕を抱きしめて、自分にはお前しかいない、と言ってくれました。
それだけでも頑張った甲斐があったと思いました。
君のために尽くせることが、何より嬉しかったのです。
僕みたいな人間が、君にとって一番利用しがいのある男だったのかもしれませんが。

二度目の借金返済の話が来ました。さすがの僕も、この時ばかりは君に問うた気がします。
「何に金を使っているのか」といつになく強い口調で尋ねた気がします。
そんな僕をいとも簡単に交わす術を、君は心得ていたのでしょう。
僕の同情を引きつけるような言葉がこれでもかというほど、君の口から飛んできました。
君の泣き演技は見事なものでした。
昔君の父親が作った借金が、そのまま君にふりかかってしまっているといった内容でしたね。
君は借金を返すための別の借金をしているのだと言っていましたね。

僕は君の言葉を鵜呑みにしました。
君があまりに可哀そうで、不幸な人間だと思い込み、僕が何とかしなければと真剣に考えました。
君を救える人間は僕しかいないと、自分を過大評価していたのでしょう。

ただ今回の金額は前回の倍額でした。
それでも返せない額ではなかったので、バイトを一つ増やして必死に稼いだ気がします。
お陰で君とふたりっきりの時間が減ってしまい寂しい思いをしましたが、君のためだと思えば僕は平気で身体に鞭を打つことが出来ました。

書くのが辛くなってきましたが、二度と読み返さないであろう手紙なので、もう少し頑張ります。
なぜだか今とても落ち込んでいるので、辛い文章が多くなりそうです。
ここでもう一度言いますが、僕の人生はどちらかといえば天国だったのです。
だから決して、君との思い出を後悔しているわけではないということを頭に置いて、読んでほしいのです。

では続きを。

二度目の借金返済をした時、三度目を持ちかけられました。
バイト疲れしていた僕は学校の成績もガタ落ちで、進学も危うくなっていました。
三度目は前回と同じくらいの額でしたか。
僕はどれだけ君に惚れていたかを、痛感してしまいます。
大学への道を諦め、選んだのが借金返済の道でした。言い方が悪いですね。
自分の将来よりも、君の方が大切だと思ったのです。
すでに君は僕を金蔓としか見ないようになっていたのでしょうが、僕が君を見る目は、昔からずっと変わりませんでした。
今もです。何もかも失った今もです。

返済を無事終えました。僕は体重が5キロ近く落ちてしまいました。
倒れたら元も子もないので、日々の実働時間を1時間ずつ減らしました。
当然それに比例して収入も減りましたが、君はまた僕に持ちかけてきました。
さすがにあの時は参りました。僕も人間ですから。
心身ともに限界でしたから、君がいくら好きだと言っても、こればかりは無理だと、君に頭を下げた気がします。

じゃあいいよ、と君はその一言だけ僕に浴びせて、その場を立ち去って行きました。

僕はあの時の記憶が曖昧です。
適切な言葉が見つかりませんが、無理やりここに書き記すなら、『絶望』でしょうか。

君はそれ以来、携帯を変えて僕と連絡が取れないようにしましたね。
学校にも来なくなったから、顔を合わせることもなくなりましたね。
僕は一応卒業できましたが、君は中退、という形になってしまいました。
本当に逃げるように。

逃げなくてもよかったのだ、と君に伝える術があればと思います。
僕は君に捨てられてしまいましたが、君を憎んではいないのです。
君は昔の男から逃げる習性があるのかもしれませんが、僕の前では必要なかったのです。
君に危害を加えるような真似はしませんし、君が嫌だと言うのなら手を出すこともしません。

ただ身体も壊れて働けなくなり、受験も失敗し、君の存在だけを見て走っていた僕は今ゼロに近い状態なので、
今後君に頼られても何も出来ないかもしれませんが。


(三枚目)
最後にもう一度言いますが、僕の人生は天国でした。
この手紙が君の目に入ることはないかもしれませんが、見たら君はどう思うでしょうね。
こんなに長々と自分の気持ちを語れるのは紙の上だけかもしれないので、見てほしいのは山々ですが、
君が見てもいい気持ちにはならないかもしれませんね。

僕の気持ちがまっすぐに、君に伝わってほしい。その思いで書いた手紙です。


晋助。今どうしてる?
俺はこのままいなくなるけど、幸せにね。

愛してるよ、おやすみ。


――銀時


追記:月を見たかい?今夜は綺麗だよ。








































手紙形式のを一度書いてみたかったです。
こんな銀高も堕落ぶりがいいかな、と(オイ)

タメ語だとまた違う感じを受けますな。
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