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□インターバル(2)
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殴られた痣は幸い、そんなにひどくは目立たなかった。左の頬にできたもの以外は。
帰ってからママには、どうしてあんな遠くの交番にいたのかとか、顔の痣はどうしたのかとか、とにかく色々聞かれたけど、全部答えたくないって言っておいた。
ママは飼い主に叱られた犬のような目であたしを見てたけど、それでもそれきり何も聞かなくなってくれた。
ママは優しい。
たぶん、何があったのか薄々わかっているから、追求してこないんだろう。
あたしがあの日、念入りに化粧をしてたのも、帰りは少し遅くなるって言ってたのも、知ってるんだし。
「それ、どしたの」
ぼんやりしてると、隣のクラスの友達である真矢が、いつの間にか目の前に立っていた。
「どれ?」
取り敢えず、とぼけて笑ってみる。
真矢はこれだよ、と言ってあたしの左の頬、湿布を貼ってテープでとめてある頬を軽く叩いた。
「イテ」
「もしかして」
真矢はそこで声を潜めると、男にやられたのか、と聞いてきた。
「違うよお。ただ、寝ぼけてベッドから落ちただけ」
真矢に、元彼氏もといセフレのことは全く話してない。
心配されるのがわかり切ってたし、反対されるのも目に見えていた。
それが鬱陶しかったってのもあるけど、一番の理由は、
「だいたいあたし真矢じゃないんだから、男に殴られるとかそんなドラマチックな恋愛できないし、てかまず彼氏なんてできたことないし」
男にモテる親友には内緒で年上の彼氏がいるっていう自分の立場を、ひそかに楽しみたかったから。
そんな汚い理由でいたからだろうか。
あんなひどい結末が待っていたのは。
真矢はあたしの言葉に一瞬無表情になると、なんだそれは、と言って笑った。
良かった。笑ってくれて。
「じゃあ、あたしなら殴られる可能性もあるってこと?」
「真矢は殴られそうになっても反撃できそう」
「なんだそれは」
ひとしきり笑った後にもう戻りなよ、と真矢を送り出して、自分の席に戻って、それから考えた。
真矢に話していなくて本当に良かった。
自分ではうまくいってると思ってたけど全然駄目だった、この無様な姿を知られなくて済む。
心配も、そりゃ怪我のせいで少しはかけたけど、されなくて済む。
問題は、
始業のチャイムが鳴った。
ガタガタと椅子が鳴り、教師が教壇にあがる。
あたしは他の生徒に合わせて立ち上がりながらぼんやりと、左の頬に手を当てた。
問題は、このやりきれない思いを相談できる人がいないってことだ。