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□インターバル(4)
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「なーなせぇ」
やる気のない声で名前を呼べば、これまたやる気のない態度で、名前を呼ばれた七瀬はこちらを向く。
最近はもう、ここに来ても何も言われなくなった。
たぶん呆れられてるんだろうけど、別に気にしない。
人生楽しけりゃ万事オーケーでしょ。
七瀬は制帽を脱いで軽く髪を撫で付けたあと、被り直して小さく首を縦に振った。
どうやらこれが彼なりの挨拶の仕方らしい。
「それ、すっかり良くなったんだな」
それ、と七瀬が指差したのはあたしの頬。
殴られた痣は、今はもう綺麗に治っている。
殴られたことと捨てられたことは、まだ時々あたしを傷つけるけど。
少なくとも、外見は完全に回復。
「そー。顔だったからさ、跡残らなくて良かったよ」
近付いて、隣に並びながらそう言えば、彼は逃げるように交番の中へ入っていく。
追うようにして、あたしも中へ。
ここに居る時はあたしの定位置になったスチール椅子。
引きずって座ると、七瀬はここにあたしが来ると必ずするように、不細工なキャラクターのついたマグカップに、ほうじ茶をいれてよこした。
「ずっと気になってたんだけどさ、この不細工な生き物、何?」
猫なんだかうさぎなんだかわからないそれは、無駄に楽しげな笑みを顔面に貼りつけている。
ふと、虚しくなった。
例えばこのキャラクターみたいに、楽しくもないのにいつも笑顔を強制されるのは、苦痛なんだろうな。
「安全促進のキャラクターだとさ。名前はそこのポスターに印刷されてる」
振り返って、確認。
猫みたいなうさぎみたいなコイツの名前は、フアッピーというらしい。
フアッピーって何だ。
せめてファッピーにしろよ。発音しずらいよ。
「フアッピーって発音しずれーよな」
ぼんやりそんなことを考えていると、後ろから七瀬がそう呟くのが聞こえた。
思わず振り返ったけど、勢いがつきすぎて椅子が倒れそうになった。
「何だよ」
「今、あたしも同じこと思った」
怪訝そうな顔をする七瀬。
「あ、違うよ?あたしも何だよって思った訳じゃなくて、あたしもフアッピー発音しずらいって思ったって話」
「…どうでも良い情報だな」
「どうでも良いとか言うなよ。あたしは久しぶりに感動したのに」
七瀬は何も言わなかったけど、その目が明らかに疑っていることを語っている。
あれー?
真矢にも言われたけど、どうやらあたしは自分が思ってる程、表情や態度に現れないらしい。
自分では、自分のこと結構感情豊かだと思ってたんだけど。