『倉持くん、仕事だよ』
長谷川ちゃんに声をかけられて、読んでいた文庫本から顔を上げる。
他の奴らはちょうど仕事が入っていたり休憩だったりで、俺の他には、今は長谷川ちゃんしかいない。
『わかりました。今すぐですか?』
『すぐ、かな。もう少ししたら荷物持ってくるって』
了解です、と返事をして再び文庫本に目を落とす。
そのまましばらく経ってから、扉の開く音と、長谷川ちゃんのこんにちはという営業用の声が聞こえた。
『お待ちしておりました。では、担当の方とお話ください』
長谷川ちゃんのそういう台詞が聞こえて、文庫本を閉じる。
それから鍵と携帯と財布をポケットにつっこんで、ジャンパーを掴んで立ち上がる。
『こんちは、今日の担当のくらもち…』
ところが俺の口からは、それ以上の言葉が出てこなかった。
依頼者が、真っ赤で温かそうな服を着て、巨大な袋を背負っていたからだ。
『どうも、お世話になります』
真っ赤な服の男はそう言って頭を下げると、どこか人懐こそうな笑みを浮かべる。
『あちらをお使いください』
長谷川ちゃんの声で我に返って、あわてて男を応接室へ案内する。
扉を閉めて、ソファーを勧めて、正面に座ってまじまじと見つめてみれば、どうやらこの奇妙な依頼者がまだ若いということがわかった。
『ええと、何か話すことがあるみたいですけど』
沈黙のままも気まずいので、俺から話し掛けてみる。
真っ赤な男は少し考える仕草をした後、安心しました、とまた人懐こそうな顔で笑った。
『はあ』
『僕、電話した時になるべく優しそうな人をお願いしますって言ったんです』
『はあ』
『倉持さんでしたっけ、優しそうな方で、本当に安心しました』
何と答えていいかわからなかったので、とりあえずお礼を言っておいた。
『今回、何か特殊な依頼内容なのでしょうか?』
『それなんです』
俺がそう尋ねた途端に、先程まではニコニコと笑っていた男は、心底困ったというような表情を浮かべた。
『何か問題でも?』
『問題、そうですね…大問題です』
しばらく黙って、相手が話しだすまで待つ。これはウチの会社のポリシーのひとつだ。
決して俺たちの方から、顧客のプライバシーに関わることを聞いてはいけない。
やがて心を決めたのか、真っ赤な服の男は、ゆっくりと口を開いた。
『僕、好きな人がいて、その方に贈り物をしたいんですけど…何を贈ったら良いのかがさっぱりわからなくて、相談したくて来たんです』