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□白兎運輸サービス(4)
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誰もいなくなった室内。
隅の机にぽつんと座る目立たない男。

ぱらりぱらりと紙をめくる微かな音だけが、男の存在と同じくらい目立たず響く。

それを除けば、沈黙。

ふいに、その沈黙を引きちぎるように、けたたましく電話が鳴りだす。
男はゆっくりと本を閉じて目を上げる。
辺りには自分以外に誰も見当たらない。
男はゆっくりと立ち上がる。
電話は鳴り止まない。
男はゆっくりと音源へ向かう。
電話は鳴り止まない。
男はゆっくりと受話器を持ち上げ、ゆっくりと耳にあてる。
電話は鳴り止んだ。
男の耳に、嫌に金属質で甲高い音が飛び込む。

『シロト運輸サービスだな』

男はゆっくりと口を開く。
動作のひとつひとつが緩慢な男だ。のろい、どんくさいと言っても良いだろう。

「ええ、そうです」

金属質で甲高い声は、言う。

『今から荷物を持って行く。お前が運べ』

男は数秒考えてから、再び口を開く。

「今は僕しか居ないので、たぶんそうなるとは思いますけど、運転手の指定はないんですか?」
『ない。お前が運べ』
「もっと仕事が早い人とか、格好良い人とか、長距離が得意な人とか、居ますけど」
『構わない。お前が運べ』
「わかりました。荷物の中身は冷凍ですか?壊れ物ですか?」
『着いてから話す』

金属質で甲高い声は無感情にそう言い捨てる。
受話器を耳にあてた男がわかりましたと言うのと、ガチャリと電話が切れる音がするのは、同時だった。



男は受話器を戻すと、ゆっくりと自分の机に戻り、ゆっくりと本を開いて、再び読書の世界へ入っていく。

ぱらりぱらりと紙をめくる、微かな音だけが響き始める。

それ以外は、沈黙、である。




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