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□STORY MAKER(5)
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 □ scene5「ストーリー・メーカー」



 座り込んだまま立ち上がれずに、どれくらいの時間が経ったのか。もしかするとたった5分かもしれないし、ひょっとすると1時間かもしれない。
 今の俺には、時間の感覚がなかった。

 その間中ずっと左右は落ち着きがなかったけれど、そんな様子の相棒にすら声をかける余裕はなかった。

 ここまで考えて、ようやく少し麻痺した感覚を取り戻したと確信。ある程度自分で自分のこと分析出来るようになれば、それは冷静だって言っても過言じゃないでしょ。
 過言だって言われてもフルシカトするけど。

 「ごめん、左右。ちょっとぼんやりしてた。帰るか」

 いい加減うんざりした、といった様子の左右にそう声をかけて、立ち上がる。
 いや、正確には立ち上がろうとした。

 ベンチに腰掛けているから視界の低い俺の上に、朝の光を遮断するように影がかかる。
 見上げればそこ、俺の真正面には日傘をさした女が立っている。

 ちょうど太陽を背にして、更に目深に日傘をさして、下から見上げているはずの俺にもその女の顔は見えなかった。
 辛うじて女だとわかった理由は、日傘の下に見える白いシンプルなワンピースの裾のお陰だ。ありがとうワンピース。お前のお陰で相手が女だって判断できたよ。

 日傘さしてる時点で女だろとか、そういう偏見は要らない。ていうかともかく、俺はもう疲れ切ったから帰りたいわけで、こんな狙ったかのようなシチュエーションで老若男女問わず誰かと接したくなかった。
 だって、今日の俺の運勢は最悪だ。寝れてない、飯も食ってない、面倒事4件に関わってる。

 正直に言おう。もううんざりだ!

 「あの、すいません、俺帰るんで、そこどいてもらえます?」

 とにもかくにも、目の前の女にどいてもらわないと、立つにも立てない。

 そこで、ふと気が付く。

 女がそんなに至近距離で自分の前に居ることに。女がこんなに近くに居るのに左右が何の反応も示さないことに。

 心臓がざわざわと音を立てる。
 体中の全神経が警告を発した。
 
   ―彼女の声を聞くな

 「ストーリーメーカーさん、お願いがあるの」

 聞き覚えのある声、何度やっても忘れられなかった声、ずっとずっと聞きたいと思っていた、声。

 俺の呼吸は一瞬止まる。それでも、そんな動揺を悟られなくて、浅くなった呼吸を整えるように、俺は答えた。

 「あいにく、もう閉業したんだ」

 俺の必死の返答をどこ吹く風と受け流し、彼女はもう一度口を開く。

 「ハッピーエンドにしてほしいの」




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