mini2
□金魚
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夏がくる。
暑くてじめじめして、空が綺麗で、長い長い休みに心を弾ませる子供たちの笑顔が眩しい、夏がくる。
「夏祭りに、行こうよ」
飾り気のないソーダ味のアイスキャンディを隣でかじる、君に言う。
君は少し困った顔をすると、ゆっくりと私の方へ顔を向けた。
「明後日の?」
「そう、明後日の」
突然の誘いに君は、しばらく考えた後、うん行こうと、少し淋しそうに笑って頷いた。
「約束ね?」
「うん、絶対行く」
「絶対ね?」
「勿論」
すっかり存在を忘れ去られていた、アイスキャンディが、私の手からぽたりと、地面に染みを作った。
黒くて、まぁるい、染み。
夏祭りの日、君は、いつもと変わらぬ格好で現れた私を見て、何て期待を裏切らない子なんでしょう!って、楽しそうに笑った。楽しそうに、おかしそうに。
「浴衣が良かった?」
「いや、浴衣なんて着られたらドキドキしちゃうから、良い、そのままで」
賑わう人混み。たくさんの屋台。明るい色、色、色。
眩しくて、思わず目を背けた先に見付けた、小さな屋台。
「あ、ね、金魚すくいやろ」
突然の誘いに、君は驚いた後、すぐに頷いた。
「うん、やろう」
どっちがたくさんとれるか、競争ねなんてくだらない話をしながら、泳ぐ金魚たちを見つめる。
ゆらゆらすいすいと、涼しげに泳ぐ優雅な姿。
こんなに可憐に泳ぐ生き物を、つかまえられらるものなのだろうか?
ふと過る疑問に気付かないフリをして、君の隣にしゃがみこむ。
「よーい、どん」
「1匹もつかまえられないなんて」
「難しかったんだもん」
「俺の勝ちね」
にっこり笑った君は、罰としてこの金魚の世話をすること、と、私にビニール袋に入った金魚を差し出した。
「1匹しか、とれなかったくせに」
「でも、勝ちは勝ちだから」
君の差し出した金魚。
たった1匹の金魚。
ありがとうって笑って、私はそれを受け取った。
帰ってきてから、小さな金魚鉢にうつしかえた、君の金魚。
広い水槽なんかじゃなくても、ひらひらゆらゆら、可憐に泳ぐ。
こんなに自由に見えるのに、この金魚の世界は、驚くほどに狭くて小さい。
狭くて小さい世界で、それが自分に出来る精一杯だと言うように、可憐に尾を、ヒレを、揺らす金魚。
見ていて何だか、悲しくなった。
この小さな金魚鉢が、この魚の生きていける唯一の世界。
ここから出れば、死んでしまう。
私の生きる、小さなこの世界。
私もここを、この町を、この世界を形作る君を、出ていけば、死ぬのだろう。
金魚になぞらえて、君から離れられない理由を作る。
必死に、ゆらゆらひらひら、尾を、ヒレを、可憐に動かせば、君は私を見てくれるのだろうか。
暑い夏。
水の中の金魚は、まるで蜃気楼のように、ゆらりと、揺れる。