カナリア
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心臓の音が聞こえる。
どくどく、と激しく動くのは、緊張からか興奮からかはあたしにはわからない。
挑戦者はいま、ワタル兄さんと闘っている。
元チャンピオン。現四天王最後の砦。
これを破るのは簡単ではない。
ただでさえ強い人達がワタル兄さんの前に3人もいるのだから、難しさに拍車はかかるだろう。
普通の人ならば。
今、此処に来るであろう人物は30分もしないうちに、ワタル兄さんと対戦している。
待ち人来たり。
期待が確信に変わる。ああ、楽しみだ。
アナウンスが挑戦者の勝利を高らかに知らせる。
心拍数が上がっていくのがわかった。
最初の子はもう決めている。
勝利のイメージも、頭に描いた。大丈夫。あたしは負けない。
やがて、重い正面のドアが鈍い音をだしながら開いた。
眼に入るのは、赤と黄色。
感情を感じさせない顔は健在している。変わらないなぁ、と苦笑しながら、挑戦者を―――――レッドを見る。
「―――ようこそ、挑戦者さん。あたしはチャンピオンヤタナ。短時間で四天王を倒して、ここまで来れたのは褒めてあげる。けど、あたしはそう簡単に倒されないよ」
「……………」
帽子を深く被り、腰のボールへと手を伸ばすレッド。
それにつられるように、自身のボールをホルダーからとる。
焔と眼が合う。力強い瞳に、頷き、空中へと投げる。
グルルル………と低い唸り声を上げる焔に、レッドが繰り出したのはリザードン。
大きな鳴き声は、並のポケモンなら震え上がるくらいの威力がある。
負けてたまるか、と言わんばかりの焔の“威嚇”。
「本気で行くよ、焔!火炎放射!!」
「……………」
容赦のない火炎放射が、リザードンへと向かう。
だがリザードンは、その翼で体を浮かばせ、簡単にかわしてしまう。
「エアスラッシュ」
「神速!」
恐ろしく早い攻撃を、神速でかわす。
そのまま攻撃が外れたリザードンの背に焔が飛び乗る。
「噛み砕く!雷の牙!」
長い首に噛みつく焔は、そのまま電撃を出した。
雷の牙は威力が弱いが、飛行タイプのリザードンは堪ったものではないだろう。案の上、苦しそうに鳴くリザードンは、暴れるように飛び回り、焔を振り落とそうとしている。
「火炎放射!」
至近距離からの火炎放射で、リザードンはなすすべなく地面へと打ち付けられた。
やけどには出来なかったが、麻痺には出来たようで、苦しそうに立ち上がった。
「竜の波動」
「火炎放射!」
二つの技が、フィールドの中央でぶつかり合う。どちらも同じくらいの力のようだが、麻痺にかかっているリザードンのほうが若干押し負けている。
いける。
そう思っていると、リザードンが飛び上がった。
だいぶ高さがあるため、神速は難しそうだ。
当てずっぽうに攻撃はしたくない。
相手も攻撃してくる様子は無い。
何を考えているのかわからないが、いつまでもこのままは頂けない。
「焔、狙い定めな」
次で終わらせる。じっと相手を見つめた。
8の字を描きながら旋回する相手に技を当てるのは難しいだろうけど、この子なら大丈夫。
「火炎放射!」
炎が、まっすぐリザードンへ向かっていく。
当たる。
そう思っていると、リザードンの身体が炎に包まれ、猛スピードで竜の波動へ回転しながら突っ込んだ。
フレアドライブ。回転することでダメージを軽減させるつもりらしい。
何の指示も無しにそんな動きをするなんて、さすがというか、なんというか。
「焔、ストップ。神速で避けて」
威力の強い技を出し過ぎると、体力を奪われる。技を中断させて勢いを保ったリザードンを神速でかわす。
そのまま地面にぶつかると思いきや、地面すれすれでUターンをし、焔へとぶつかってきた。
そのまま壁に2匹共激突。
リザードンの巨体が倒れる。焔はなんとか立ちあがったが、ダメージは大きかったようで、倒れてしまった。
「ありがと、焔。ゆっくり休んで」
同時に倒れたが、こちらが何回か攻撃したのに対して向うは一撃。
力の差は歴然としている。
以前戦った時よりはるかに強い。
次に繰り出されたのはフシギバナ。
あたしはルカリオの勇李。
相性はどちらかといえばこちらが有利だ。
こちらのポケモンは波動ポケモンだ。
攻撃を当てるのなんか難しいし、言葉を交わす必要が無いから次の攻撃は読めない。
そんな事、ここに来る前にシバさんと闘っているからわかっているだろうけど、勇李を倒すのはあたしでもめんどくさい、もとい厄介だ。
いつも刃向う勇李でも、バトルの最中は頼りになる存在。
「眠り粉」
背中の大きな花から出される粉が、フィールドに充満するが、ボーンラッシュで粉を拡散させ、波動弾で反撃。
動きの遅いフシギバナにみごとヒットしたが、それほどのダメージにはならない。
「…勇李?」
ハードプラントの蔓を避ける勇李の動きが鈍くなった。
攻撃が当たっているようにはみえない。
徐々にだが息の荒くなっていく勇李と打って変わって、フシギバナは強力な技を連発しているにも関わらず、疲れている様子が無い。
なんだ?
もんもんとしていると、相手の技が終わり、反動で動けないフシギバナに波動弾を攻撃させる勇李。
動き出す前に、与えられるだけダメージを与える。
今度はちゃんとダメージを受けている。よしこのままいこう。
ちょっと気が引ける方法だけど。
それにしても、勇李の疲労が激しい。
疑問に思いながらフシギバナをみれば、口をもごもごさせている。まるで何かを食べてるような……
「ゆ、勇李!下がって‼」
あたしの考えを読み取った勇李は、限界まで下がり、距離を置く。
ギガドレイン。体力を奪う技。
気が付かなかった。
のそり、と立ち上がる相手。
勇李の体力を奪っていたから、疲労は感じられない。
「やるよ、勇李」
こちらの体力はもう雀の涙。
一か八か、賭けに出る。
手に波動を集める勇李。
通常サイズよりいくらか大きめの波動弾。
コントロールは難しい。それでも君なら出来るでしょう?勇李。
再び繰り出されるハードプラント。
その根っこの先を吹き飛ばしながらフシギバナの懐に入り込む波動弾。
狙うは急所だ。
見事に命中した攻撃に、技の動きが止まる。
すかさずに波動弾を連発させた。
体力は、もう奪わせない。
砂埃がはれた。フシギバナは目を回している。
勝った。
残り、あたしは二体、レッドはきっと4体。
こんなにぎりぎりなのに、残りがそんなに。
それでも大丈夫。
とりあえず勇李をボールに戻す。体力を少しでも回復してもらおう。
「頼んだよ、美澄!」
美しい鳴き声が響く。
焦りが生まれていた脳内が、落ち着きを取り戻す。
ここからだ。
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