鉛色の疾風

□独眼鳥♯5
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気がつくと、ベッドの上に転がっていた。
はっとして目を開けようとする。
その瞬間、顔の右半分に激痛が走った。

「あまり顔を動かさぬ方がいいぞ。一応処置はしてあるが、かなりザックリと切られているからな。」

突然聞こえた知っている声に、左目で焦点を合わせて見る。
そこにいたのはカリキュラの長の息子、雉(きじ)だった。
鋭い黄色の目が冷徹な雰囲気を醸し出しているその若い男は、鴉を目の端で捉えてから冷たく言った。

「妹さんは救えなかった。今は貴様が生きているだけでも良い方だと思え。」
「!?」
「貴様を襲っていた男を倒すのだけで手一杯だったのだ、妹さんを連れた男なぞ追いかけている余裕はなかった。」

…嘘つき。守るって…俺と鶫のことを守るって言ったくせに…っ!

鴉の頭の中には父親の葬式の日の雉の姿が浮かんでいた。
鴉と鶫を両腕できつく抱きしめながら、「俺が亡くなった父親の代わりとなって守ってやるからな。」と言ってくれた雉の姿が。

…信じてたのに…なんで…なんで俺しか助けてくれなかったんだよ…!

まだ十二歳の幼い少年にとって、頼りにしていた者に最愛の妹を助けてもらえなかったショックは大きすぎた。
そして次の雉の一言で、鴉は自分の中の怒りが爆発するのを感じた。

「貴様を襲っていた男を倒した時、まだ追いつける辺りに妹さんの姿は見えていたのだが、それからすぐにカリキュラの外に出ていってしまった。貴様も知っているだろう、神との契約でこの地で生まれた者はここから出てはいけないことを。神との契約を破っては己の身に何があるか分からんのでさすがに追いかけるのはやめたのだ。しかし貴様の妹はここから出てしまった。あくまで俺の推測だが妹さんは無事ではないだろうな。」
「ふざけんなよっ!」

頭の中が真っ白だった。
ただただ怒りと憎しみだけが溢れてくる。

「俺達のこと守るって言ったくせに、嘘つきぃっ!父さんなら…父さんなら見捨てたりなんかしなかった!」
「生憎俺は父親の代わりだからな。本物の父親になった覚えはない。」
「代わりだってなんだって守るって言ったんだから…」
「悪いが、他人のために自分の命を懸けるような馬鹿な真似は出来ないのでな。貴様も妹が大事だったなら自分で何とかするべきだっただろうが。」

―プツン

何かが鴉の中で切れた。
罵る言葉すら浮かんでこない。
ふらふらっと力なく立ち上がると、壁に掛けてあったカバンをとり、そのまま雉の部屋を後にした。

…信じない…他のやつらなんか…自分以外のやつらなんか…信じられるもんか…。

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