長編
□月ノ調べ
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月ノ調べ(アスラク)
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刹那耳を抜ける言葉に、疑問符ばかりが駆け巡った。
「…ぇ、ちちぅぇ、今なん…」
「お前に婚約者が出来たと言ったのだ。今から会えるよう手配してある。…解っているとは思うが…、失礼の無い様にな。」
天気は晴天。夜を待てない月が白く浮かぶ。そんな或る日の午後。
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「いってきまぁす」
少年、アスラン・ザラは定時母に見送られ家を出ると、本来ならば向かうはずのアカデミーとは逆の方向へと足を進めていた。
だがしかし進める足は気ままに。
足元道に付く壁目に沿ってステップを踏みながら、頭の中描いたプログラムのデータと遊ぶ。
その幼い瞳に似合わぬ頭脳と、早熟な端正に整えられた顔。
年齢と仕草、そしてアカデミーの制服だけが彼を少年と判断させた。
プラントと呼ばれる、地球とそう変わらないしかし人工的な世界。
この造園の最高議会議長パトリック・ザラの息子であるこの少年。
アスランは誇らしくも堂々とその地位に在る父を幼心に尊敬している。
この世界を支える柱に成るために。
父の息子に与える過大な期待と言葉無き愛情は母を介しアスランを文句なしに育んでいる。
アスランは両親が大好きだ。
生まれた時に選択や希望の余地は無いものだが、この二人に支えられた幸せな生活。
傍に居る機会の希少な父の分まで母はアスランに温かな愛情を存分に注いでくれる。
ザラ家の息子でよかった、既にその思いと身を将来の立場を見据え期待に答えようと奮起する親孝行な息子。
…は遊び心も旺盛で。
日差しの暖かな空はまるで地球のようで、嬉しそうに瞳を緩ませた少年の歩みを幾度となく止める。
駅に近づく視界に映る、鐘のなる時計台。
「…っけない、時間…ッ」
青蒼と闇を混ぜた肩までの髪を弾ませながら、まだ幼い10歳の少年は駆け足で慣れた行先の列車へ。