小説

□物語の少女
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「みんな大袈裟ですよ。私は庭に居ただけなのに」

「うんうん、そうだねェ〜」


二人は鏡のように磨かれた廊下を、コツコツと音を響かせて歩く。
城内は賑やかな筈なのに、自室に近づく程人影は薄れていく。
晴瀬は、ちらりと鮫月を見遣った。


「…鮫月は手伝わなくていいんですか?」


すると鮫月は、にっと口角を上げ、


「俺は、コレ専門なもんで」


腰に下げた剣を軽く持ち上げてみせる。
その剣は綺麗な装飾が施されている割に、使い込まれているようでよく見れば傷だらけだ。

鮫月は、25歳という若さで近衛兵団随一の剣の腕を持つ。
晴瀬もよくは知らないが、幼い頃から城に仕えているらしい。

普段は団服もまともに着ないで赤い髪もボサボサ、姫にすらタメ口を利く、なんともだらしがない男。
しかし一度剣を抜けば、最も頼れる男だそうだ。
まぁ晴瀬はその姿を、今まで一度も目にした事は無いのだが。


「そう言って、いつもサボってるんですよね。(ルイ)が言ってました」

「気持ちいいぞ〜、太陽の下で昼寝するのは」

「なんで鮫月はよくて私はダメなんですかっ」

「それはあんたが"お姫様"だからデショ」


晴瀬からすればそれは妙な理屈で、納得などできない。
むぅっと押し黙る晴瀬の頭を、鮫月はまた撫でた。


「まぁ今は前よりも平和になったし、俺は別に敷地内なら構わないと思うけどさ」

「だったら」

「でも、みんなを心配させるのはよくないな。ってことでダメェ」

「えー…」


12年前、ムイルはリスタブルと協議を重ね、二度目の休戦協定を結んだ。
お陰で民も空襲などを恐れる必要は無くなり、軍資金を復興にあてた為だいぶ豊かになった。
現在政府は、スラム街にも力を入れている。

王城の最奥に程近い大きな扉の前で、二人はピタリと足を止めた。


「ほら、とうちゃーく♪」

全然楽しくないです


ピシャリと言い放ち、晴瀬は仕方なく自室に入る。
扉の両側に立つ、ピンと背筋を伸ばした衛兵は敬礼し、鮫月は「それじゃ」と手を振った。


「あれ、今日は一緒に居てくれないんですか?」

「何?俺が居ないと寂しい?」

違います。


簡単に即答され、鮫月は苦笑する。


「可愛い姫と一緒に居たいのは山々だけど、国王様に呼ばれてんだよね」

「父上に?」

「そ。だから後でね」


気さくな笑みで手を振る彼を見送って、晴瀬は部屋の扉を閉めた。
 
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