小説

□物語の少女
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一人では広すぎる部屋で、晴瀬はまっすぐに窓辺に置いた椅子に腰かける。
そこに置きっぱなしになった本を手にとって、パラパラとページをめくった。


「昨日はどこまで…あ、ここね」


この本は、この国では有名な御伽噺だと鮫月が言っていた。

物語(ストーリー)は簡単。
16歳の少女・ユリアがある日、不思議な力を手にするというファンタジーなもの。
少女は今までの普通の暮らしを捨て、その力を活かす為に旅に出るのだ。

晴瀬はまだここまでしか読んでおらず、残りのページを見る限り長い旅になるのだろう。
この旅に出た自由な少女に、晴瀬はほのかな憧れを抱いた。

自分は国王の一人娘というだけで、力など何も持たない。
少女は、その力を持っている。

自分は王城に囚われたように、窓から切り取られた空を見るだけ。
少女は、大きな世界を見渡せる。


「……16、か…」


あと数時間で、少女と同じ歳になる。
だからといって何かがある訳でも、期待している訳でもない。
在るのは、成人となった自分。

少女には憧れるが、晴瀬は変わりたい訳でもない。
むしろ、このままでもいいと思っている。
少々窮屈ではあるが何に困る事もないし、世界は協定のお陰で一時的といえど平和だ。

この状態が続く事に、何の不満がある?


「…ねぇ、ユリア。あなたの旅は、とても魅力的ですよね」


分厚い本の表紙に描かれた少女に、語りかける。


「でも、あなたから見た私の暮らしは…お姫様という肩書きは、魅力的なのでしょうか?」


少女は、何も答えない。
ただ、変わらぬ力強い瞳で晴瀬を見つめるだけ。
晴瀬は、くすっと笑みをこぼした。


「…あなたの旅の終わりには、何があるんですか?とても楽しみです」


少女が、少しだけ、微笑んだ気がした。
晴瀬は本を置いて、深い大きな青空に想いを馳せた。


私はこの時、知らなかった。
この物語の結末と、これから始まる物語を。









最後の一時

刻一刻と、
"その時"は近づいてくる

 
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