小説
□戦慄
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「あなた、私の側近になりませんか?」
何を言い出すんだこのひとは。
眼を輝かせる晴瀬に、誰もがそう思った。
piece 3
「側近……?」
少年が眉をひそめて復唱した。
「はいっ、側近です!」
晴瀬は何故か相変わらずの上機嫌で答える。
月明かりが照らすだけの廊下に、動揺が広がっていく。
「…おいおい、姫…冗談だろ?こいつは今さっきあんたを殺そうとしたんだぜ?」
「冗談なんかじゃありません。私は本気です」
さすがに顔を引きつらせた鮫月が言うが、晴瀬は変わらない。
「どうですか?」
「…俺はリスタブルの軍の者だぞ」
「でもあなたは、私を殺さなかったことで軍に背いたことになります。国に帰っても、きっと処罰を受けるのでしょう?」
「姫様!こいつは暗殺者ですよ!?みすみす見逃すと仰るんですか!?」
「私はこの人とお話してるんです。少し静かにして下さい」
兵達を言葉で制し、晴瀬は少年に言葉を向ける。
「私は、あなたが何者かなんてこれっぽちも興味ありません。私はあなたを気に入りました。だから側近になってほしいんです」
「……」
少年からすれば、箱入り娘の気まぐれのようにとられても仕方がないような物言い。
まだ警戒心を解かずに真意を見抜こうとする少年に、晴瀬は観念したように口を開く。
「…まぁ、側近なんてただの口実ですよ。本当は、あなたと友達になりたいだけです」
少年は、驚いたように僅かに眼を見開く。
晴瀬は照れくさそうにはにかんだ。
「私、こんな暮らしでしょう?だから友達も居ないんです。見たところ歳も近そうですし…。もしあなたが友達になってくれたら、とても嬉しいです」
「…また勝手なことを言って」
後ろから静かに響いた声に、晴瀬は振り返る。
鮫月や兵達は慌てて膝をつき、頭を垂れた。
「国王様…ダメですよまだ出歩いちゃ、危険なんですから」
困ったように、鮫月が言う。
彼らの視線の先には現国王―紅雷がゆったりと側近を従えて歩んでくる。
紅雷は、鮫月に苦笑だけを返した。
「父上…」
「晴瀬、話はだいたい解ったよ」
紅雷は晴瀬達の許まで歩み寄り、優しく細められた瞳に彼らを映す。
「お前はその少年を気に入ったから友になりたいが、そう言って皆が許してくれる筈はない。だからせめて側近に…ということだね?」
「…その通りです。いいでしょう?父上。この人はとてもいい人です。私には解る」
晴瀬は、迷い無い瞳で断言する。
淡い瞳はまっすぐに、確かな力を灯して彼を映す。
その瞳から何かを感じ取った紅雷は少し悩んだ後、口を開いた。
「お前がそう言うなら私は構わないが…」
「国王様!?」
「もしかしたら、まだその少年はお前を狙っているかもしれないよ。もし彼が襲ってきたら、お前はどうするんだい?」
父の問いかけに、晴瀬はふっと笑みすら浮かべて、言う。
「その時は、私の人を見る眼が無かっただけの話です」