クレイジー☆ベイビー
□これは違う
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私立桜宮高等学校、1年D組。
どこにでもある教室にもチャイムが鳴り、社会科担当のゴッさんこと斉藤吾朗が入ってくる。
「きりーつ、れー」
クラスの委員長である坂本の号令で、授業が開始される。
どこにでもある、授業風景。
そんな億劫な空間で、窓際の席に座る少女―小路夏芽は、頬杖をついて空を仰いだ。
暦では秋に入ったというのにカラっと晴れた空は、まだ残る夏の暑さを思い出させる。
多少効いた冷房に感謝すると、授業に集中していないと思ったのだろう斉藤に注意された。
「小路ー、ちゃんと聞いてるか?」
「聞いてまーす」
とりあえず適当に返せば、彼は特に何も言わずに授業を再開する。
そんな、どこにでもある日常。
crazy 1
暑い。
夏芽は思った。何故これほど暑いのか。
地球温暖化という問題を抱える現代では仕方ないのだろうが、9月に入った今でも猛暑日が続くのはさすがにおかしい。
残暑もいいところだ。
夕方である現在は、その暑さも白昼よりはマシだと言えるだろう。
それでも暑いものは暑い。
現に、学校を出て5分経っただけで汗がたらりと体を伝っていく。
(ただでさえ疲れてんだから、勘弁してくれよ…)
心中で誰に対するものかも判らない悪態をつき、夏芽は自転車をこぎ続ける。
途中通り過ぎる冷房の効いたコンビニに入って休憩でもしたいと思うが、それをしてしまうときっともう出られない。出られる頃には暗くなっている筈だ。
それを解っているので、夏芽は自転車を漕ぎ、近道とばかりに公園に踏み入った。
幼稚園児程の子供を連れた母親がベンチで一息ついたり、彼女と同じように帰宅途中であろうサラリーマンなど。
憩いの場所とまでは言えなくとも、それなりに人の集まる公園だと言えよう。
緑化運動か何かで植えられた木々の木漏れ日も、幾分熱い日差しを和らげてくれるこの道は、夏芽も結構気に入っている。
そんな彼女は、ふとその足を止めた。
木漏れ日の下で、何かが蠢いた気がしたのだ。
こんなお世辞でも自然などとは呼べない場所に、野生の動物など居る訳もない。
だとすれば、捨て犬か何かだろうか。
道の端に自転車を一旦止めて、その場所にゆっくり近づいてみる。
仮に捨て犬だったとして見つけてどうしようか、などと考えてみるがそれよりも好奇心が勝った。
それなりにそびえ立つイチョウの樹の前に植えられたツツジを掻き分け、またもぞりと蠢いた何かにビクリと身を震わせる。
しかし何も起こらないことにほっと安堵の息を漏らすと、更にそれに近寄った。
―少年は、木漏れ日に隠れるように、そこに居た。
「…は?」
夏芽は思わず、素っ頓狂な声を漏らした。
彼女も彼女なりに、予想はしていたのだ。
例えば先程あげた捨て犬などの類い、または道端に捨てられたゴミなど。
しかしさすがに、「人間」だとは思わなかった。
少年は、見る限りそこかしこで遊び回っている子供たちと同じ、幼稚園児程の体格をしており、どこかで泥遊びでもしたのかと思う程その身に纏う服は汚れている。
黒髪にあまり陽に当たっていなさそうな肌は、何も言わずとも日本人だろうと思わせる。
ただ相違点をあげるとするならば、こんな場所で寝ていることだろうか。
とりあえず周囲を見回してみるが、母親など少年を捜しているような者は居ない。
皆夕食時が近づき、夏芽など目もくれずに通り過ぎていく。
(…どうしよう)
困惑、とまではいかないが、この状況は彼女を戸惑わせるには充分だった。
いくつかの選択肢が浮かぶ中、夏芽はとりあえず少年を起こそうと体を揺すってみる。
「おーい、こんなとこで寝てると誘拐されるぞー」