クレイジー☆ベイビー

□ひつよーなもん?
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「つ…着いた…!」


ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返しながら、夏芽は小さな達成感に似たものを感じた。
住宅街にひっそりと佇む、普通という言葉がよく似合うアパート。
学校と自宅はこんなに距離があったのかと、今更ながら思い知る。

少年を背負ったまま気合いと根性で自転車を止め、鞄から部屋の鍵を取り出した。
この格好だけを見るといかにも怪しい誘拐犯なのだが、幸い、周囲に人影はない。
夏芽は玄関を開けて中に滑り込むと、すぐさま扉を閉めた。









crazy 2









「ただいま〜…」


誰も居ない部屋にただ響く、疲れ切った声。
夏芽は乱暴に靴を脱ぎ捨て、エアコンを付けた部屋の奥に少年をそっと寝かせた。
少年は、穏やかに眠っている。

夏芽が奮闘しどんなに汗をかこうと、結局少年が起きることはなかった。


「ったく…お前、なんでそんな寝れるんだよ…」


とりあえず着替えようと部屋着とタオルだけをベランダから取り込み、ブラウスのボタンに手をかけた。
その時。


「……ん…」


少年がころりと寝返りを打って、壁に頭をぶつけた。
ゴンッとこちらまで痛くなる音が弾け、夏芽は絶句する。


「…うぅ…」


小さな呻き声を漏らしながら少年が丸くなる様子に、夏芽はハッと我に返る。
少年に駆け寄ると、額を抑える小さな手の間から初めて彼の瞳が見えた。


「ちょ、馬鹿!?大丈夫!?」

「い…いたい…」


大きな瞳に涙を溜める少年の額に、手を当てる。
汗の滲んだその額は、赤く腫れていた。


「ちょっとここで待ってな」


それだけ言って、夏芽はキッチンへ向かう。
確か湿布があった筈だと冷蔵庫を開ければ、未開封の湿布が静かに出番を待っていた。
それの一つを開けて一枚取り、少年の許に戻る。
少年は座って、夏芽を見上げた。


「おでこ、見せて」


そう言うと、少年は何も言わずに自身の前髪を上げ、夏芽は赤くなったそこに白い湿布を貼る。


「つめっ…」


少年はひんやりとしたそれに、一瞬体を強張らせる。
まるで、弟が熱でも出したみたいだと思った。
徐々に冷房の効き始めた部屋に、夏芽は少年と向き合うように腰を下ろす。


「私は夏芽。公園で寝てたお前を拾って、親から連絡くるまで預かってんの。言っとくけど、断じて誘拐じゃないからね」


ぐっと顔を近づけて言うと、少年はコクリと頷く。
しかしその瞳は、心なしか不安に揺れていた。


「ま、多分すぐ見つかるだろうし。安心しな」


夏芽は彼の頭を撫でて、にっと歯を見せて笑いかける。
すると、少年の顔が余計に歪んだ。


「……やだ…見つかりたく、ない…」

「は?」


眼を丸くする彼女の手を、少年は震えた手で縋るように掴む。


「戻りたくない…たすけて…」


夏芽には、理解ができなかった。

少年が何に怯えているのか、何が彼にそうさせているのか。
普通ならば、こんな他人のアパートより家族の居る家に帰りたいと思うのではないのか。
こんな子供なら尚更、親が恋しいのではないのか。

疑問はいくつも浮かぶが、それに当てはまる答えなど彼女は持ち合わせていなかった。
彼女自身が、"家"には帰りたくないのだから。


気がつけば、夏芽は少年を抱きしめていた。
母や姉がするそれのように、彼の背中をさする。


「…うん、解った…解ったよ」


何一つとして理解していない頭が考えるより先に、口が言葉をこぼしていく。


「私が…私がなんとかしてあげる。頑張るから、安心して」

「…ほんと?」

「うん」


腕を緩めて視線が交わり、少年は嬉しそうに笑った。
そんな小さな彼を見ると、何故か目頭が熱くなり泣きそうになった。
 
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