クレイジー☆ベイビー

□あれ!
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自転車をこぎ始めて約30分、夏芽は脚を止めた。


「はい、降りてー」


流が荷台から降りると、夏芽は自転車を駐輪場にとめる。
ここは近場のスーパーマーケットであり、店内にはあらゆるテナントが立ち並んでいる。

店内に足を踏み入れると、心地よい冷房の風が頬を撫でる。
日曜とあり、人も多いような気がした。


「まずは服かな…」


そう一人ごち、夏芽は子供服売り場の方へと足を向ける。
すると、流が彼女の服の裾を引いた。


「なつめ」

「ん?」


またトイレだろうか。
そんなことを思いながら眼を向けると、流は彼女の手をきゅっと握った。


「手ぇ、握っていい?」


返事を聞く前に握っているではないか。
それは彼の愛くるしい表情を見ては、口から出る前に二酸化炭素に溶けてしまった。


「いいよ」


もし、自分に歳の離れた弟がいれば、こんな感じなのだろうか。
一人っ子である夏芽には到底解るはずもないのだが、彼を見ていると何度かそう思うことがあった。


「流は、服とか以外に何か欲しいもんある?」

「ほしーもん?」


この年頃なら、まだ人形やおもちゃで遊びたいだろう。
そう思い問うたのだが、存外彼が答えるのは時間がかかった。
この歳で「遠慮」などという言葉など知らないだろうし(名前も解らなかったくらいなのだから)、夏芽はいよいよ不思議になってくる。


「流?別に普通のもんならなんでも―」

「あっ」


彼女の言葉を遮って、流は何かを思いついたのか声を上げた。


「あれ!」


具体的な物の名前が飛び込んできるのかと思いきや、流は無邪気に何かを指さす。
その眼は、心なしか輝いて見えた。


「どれどれ」


これ程はしゃいでいるのだから、きっとすごく子供に人気のヒーローのグッズだとか、とにかく凄いものを想像していたのだが、それは呆気なく外れてしまった。
彼の小さな指を辿った先には、茶色いクマのぬいぐるみ。
ランドセル程の大きさのそれに向かって、流はぐいぐいと夏芽を引っ張る。


(なんだ、まだヒーローよりも可愛いものが好きな年頃か)


そうぼんやり思っていた夏芽に、流は嬉しげに笑う。


「あれ、なつめみたい!」


きっと、彼にとってそれは褒め言葉なのだろう。そんなものは、彼の表情を見れば一目瞭然だ。
しかし素直に喜んでいいものか、夏芽は少々悩んでしまう。
流は、そんな彼女などお構いなしに言う。


「茶色くて、ふわふわしてて、おっきいの」


そう言われると、確かにあのクマと自分が似ているような気もしてきた。
なんとなくで染めた茶色の髪、当然のようにクマの方も茶色。
ふわふわというのは理解できないが、彼にしてみれば普通の身長である夏芽も大きく見えるだろうし、クマも他に並ぶクマよりは少し大きい。

そういうふうに共通点を見つけると、先程の言葉も喜べるようになった。


「よし。そんなに欲しいなら買ってやろう!」

「ほんとっ?」

「私みたいって言ったからには、大切に扱えよ?」




――この日の調達品。

・クマのぬいぐるみ×1
・クレヨン、スケッチブック等
・私服×3セット
・歯ブラシ等日用品
・夕飯の材料









和気藹々

(おい流ー、そろそろ寝るぞー)

(ナツも一緒でいい?)

(ナツ?だれ?)

(クマさんの名前!)

 
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