君におくる唄
□きみとぼく
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「あ、小田切さん」
後ろからかけられた声に、奏歌は振り返る。
そこには見慣れない男子生徒が居り、きっと彼も作業中なのだろう、奏歌同様ジャージを着ていた。
彼は気さくな笑みを浮かべて、奏歌の隣に並ぶ。
「そっか、小田切さんも横断幕作ってるんだ」
彼女のジャージ姿を見て言った彼に、奏歌は僅かに眉根を寄せた。
「えっと…ごめん、誰?」
「え?あ、俺、3組の持田徹ってんだけど」
思い出したというように自己紹介する持田はそれなりの顔立ちをしており、一目見て女子の人気は高そうだと奏歌は思う。
しかしそのせいか、少々初めて話す相手に馴れ馴れしいような気もした。
「それペンキ?重いでしょ、持とうか?」
「いい。これくらい持てる」
彼女の手にあるペンキを取ろうとした彼から顔をそむけるように、奏歌は言った。
持田は一度眼を丸くして、そして肩をすくめるように笑った。
「ねぇ、今日一緒に帰らない?」
「はぁ?」
自分でも自然と眉間にしわが刻まれるのを感じながら、奏歌は持田を見上げた。
初めて話し、さして意気投合した訳でもない相手を誘うとはどのような神経をしているのか、と怪訝な感情を素直にその表情に込める。
それを見ても、山田はそれを受け止めるように受け流すように微笑う。
「俺、奏歌ちゃんを見かけた時ビビッときてさ。すっごく興味あんの」
奏歌にしてみれば「だから?」といったものでしかないのだが、持田は何故か得意げになって言う。
「いいでしょ?一緒に帰るくらい。何も襲おうってわけじゃないんだしさ。家におくるだけだよ」
「悪いけど、先約が居るから」
「そう言わずにさぁ、今日だけ!ね?」
尚も喰い下がる持田に、いい加減奏歌も嫌気がさした。
彼を、軽蔑するような瞳で睨みつける。
「あんたが私に興味を示そうが何を思おうがどうでもいい。私があんたに興味を示すことはないし、とりあえずうるさい」
それだけを言って先を行く奏歌を、持田は絶句しながら見つめる。
彼は、彼女がそのような言葉を吐くとは、夢にも思っていなかったのだろうから。
「容姿端麗な者ほど外見にコンプレックスを抱くものが多い」とはよく言ったもので、奏歌も似たようなものだった。
しかし奏歌の場合コンプレックスは特に抱いておらず、彼女自身自分は並だと思っており、実際は整った容姿をしているのだが、彼女は自覚していないのでその程度だ。
よって、彼女の容姿で近づいてくる男も多い。
先程の持田がいい例で、奏歌はそういう類いにほとほとうんざりしていた。
容姿を見ただけで人を好きになることも、きっとあるのだろう。
しかし、それだけで近づいてくる行為が彼女は嫌いなのだ。
―初めて見た時から好きでした―
そんな決まった落とし文句を何度か聞いた。
しかしそれではそいつは見た目しか見ていない事になり、言われた本人としては嬉しくもなんともない。
むしろ悲しむべき言葉のような気がしていた。
お前の長所は、その容姿なのだと。
彼女自身を否定されたような気になるのだ。
しかし大抵彼女に近づく男子は、そうやって彼女の容姿を褒める。それに下心が見え見えなのだから最早救いようがない。
下心がなければまだ喜べる言葉でも、それを扱う人間次第でそれは人を傷つける言葉に変わってしまう。
奏歌は、それをよく知っていた。
「……から、嫌なんだ…」
ただ彼女の身近な男で、下心も無く彼女を褒める者が居た。
それも今となっては昔の話なのだが、しかしそれが更に彼女の中で強く残り惑わせる。
『奏歌は笑ったほうがかわいいよ』
幾度となく蘇る彼の言葉は、何年経とうとこれからも彼女の中に留まりつづけるのだろう。
だからこそ、性質が悪かった。
「―…好きだよ…ばか…」
教室から漏れる彼の声に、小さく呟いた。