君におくる唄

□きみとぼく
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5月10日。体育祭当日。


『女子500メートルの…』


放送部のアナウンスを聞けば、スタートの合図であるピストルの音がグラウンドに響く。
一斉に走り出す女子。
その中に、奏歌は居た。

スタートで遅れはしたものの、しかしそれを凌ぐ速さで他の女子を追い上げあっという間にトップに踊り出る。
その姿は、おおいにクラスを盛り上げた。


「いやぁ、ウチのいんちょーはすげーなぁ」


クラス応援席でそれを見ていた憬に、山田がのしかかった。
憬は「暑い」と山田をかわし、


「奏歌の足が速いのは解ってたことだろ」


と、さも当然のように答える。
山田は面白そうに、にっと口角を上げた。


「わーってるよ。お前もスゲーって。ちゃあんと一位とったもんな!」

「そうじゃない!」


くしゃりと頭を撫でる彼の手を払いのけ、憬がキッと彼を睨みつけるのと同時。
乾いたピストルの音が響いた。
はっとゴールの方へ眼を向ければ、奏歌は上機嫌で応援席の方へピースをしていた。

どきっと胸が高鳴る。
たとえその笑顔がクラスメイトに向けられたものだとしても、憬は速まる鼓動を抑えられない。


「ほら」


トン、と押された背中。
振り返ると、山田はにっと口角を上げた。


「行けよシャイボーイ。今がアタックチャンスだ!」

「クセーよ馬鹿!」


誇らしげにどや顔をかます山田に素直な感想を投げつけ、憬は駆け出した。
人と人との間を縫って、彼女の許へと駆け寄る。


「奏歌!」


何かに引っ張られたかのように、振り返る彼女。
奏歌は、驚いたように眼を丸くした。


「あっ…えっと…」


互いに向き合ったまま、いざとなると憬は言葉に詰まってしまう。
とにかく何か言わなければと出た言葉は、


「お、お疲れさまっ」


あまりにもありふれたものだった。


「うん…ありがとう」

(何やってんの俺!!)


ぐるぐるとする頭の中で必死に辞書をひくのだが、しかしそれは難しい。
奏歌も不思議そうに眉を寄せた時、どんっと彼女の背に何かがぶつかった。


「すみません…っ」


はっとして謝る奏歌だったが、ぶつかった女子の様子がおかしい。
憬や奏歌達と同じ赤のラインが入った体操服を着る彼女は、ふらふらとおぼつかない様子で奏歌にぺこりと頭を下げた。


「すいません…」

「いえ…それより、顔色が悪いけど…」


奏歌は、彼女の青白い顔を覗き込む。


「…少し、目眩がしただけで…」


言って、力無く笑みを浮かべた途端、ふらりと彼女の体から力が抜けた。


「え!?ちょっ…」


倒れた彼女に、今まで気にすることもなかった周囲も動揺する。


「ねぇ、大丈夫!?」


揺すっても反応のない彼女を見て、奏歌が誰かを呼ぼうとした時、
憬が、彼女を背負った。
奏歌は大きな瞳を丸くして、彼を見上げる。


「俺、保健室に連れていってくる。奏歌は、えっと…5組に三島さんが倒れたからって言っといて」

「あ…うん、解った…」


呆然とする奏歌の返事を聞き、憬は足早に保健室の方へと向かった。
何故憬が彼女の名前を知っていたのかといえば、ただ体操服のゼッケンを見たという簡単なものだ。
しかし奏歌は、それだけでも体の奥深くで何かがひび割れたのを感じた。


「あーあ、ほんと馬鹿だなぁ、アイツ」


どこから湧いてでたのか、いつの間にか隣に山田が立っていた。
眼をしばたかせる奏歌に山田はにっと口角を上げ、「とりあえずおつかれ」と先程の功績を称える。


「憬は馬鹿みたいに優しいのが取り柄だから、許してやってよ」

「…許すもなにも…怒ってなんか、ないし…」


何か自分の内側を見透かされたような気がして、奏歌は思わず視線をそらした。


「…私、5組んとこ行くから」


そらした眼を合わせずに駆け出した彼女を、山田は「いってらっしゃい」と見送る。
付いていかないあたりが彼らしいと思いながら、奏歌は小さく拳を作った。

ついさっきまで自分に向けられてた彼の意識は、簡単に見知らぬ女子にさらわれてしまった。
主成分は善意でできているような彼に惹かれたのだから、彼なら倒れた他人を放っておく筈などない。
それは解っている。充分に。
だからこそ、醜く嫉妬する自分に嫌気がさした。

急激に熱くなる目頭を堪える。
見えなくなった彼に、想いを馳せた。









きみへ

素直に好きだと言えたなら

こんな想いはしなくてもいいのだろうか

 
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