君におくる唄

□はじまりの音
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朝。
日本国に居を構える殆どの人間が活動し始める頃、その中の一人の少年―小泉憬も携帯のアラームの音で眼を覚ました。
まどろみの残る眼を擦り、ベッドから起き上がる。
カーテンを少し開けて外を見てみれば、空は既に青々としており、上機嫌に鼻歌でも歌っているようだった。


「憬ー」


下の方から聞こえてきた女の声に、憬は耳を傾ける。


「今日ってお弁当いったー?」

「入学式だからいらないよ」


欠伸を堪えながら答えると、「わかった」と返事が聞こえてからは女の声はぱたりと止んだ。


「母さんも相変わらずだな…」


呆れを含んだ声で呟き、壁に懸けてある時計に眼をやる。
時刻は7時5分。憬は立ち上がり、着慣れたTシャツに手をかけた。









第1譜









青が僅かに混じり始めた桜。
校門にそびえ立つそれを、憬は見上げた。

今日は、憬を含む照葉(しょうよう)高校一年生の入学式だ。
つい先日までの春休みが少しばかり恋しいが、それよりもやはり喜びといった感情の方が大きい。
それをしみじみと噛みしめる彼の背に、陽気な声がかけられた。


「ハロー!憬!」


その声に心中で溜息をつきながら、憬は振り返る。
そこには手をヒラヒラと振りながら歯を見せて笑う少年―山田直樹が居た。


「山田…おはよう」

「何朝から疲れた顔してんだ!今日は入学式だぜ入学式!人生で一度のイベントだってのに…」

「あれ、三年前もやったような気がするのは俺の勘違いかな?」

「それは"中学"の、だろ!今日は一度しかない"高校"の入学式だよ!」


その二つがどう違うのか憬には解りかねたが、変に突っ込むのはやめることにした。

彼は中学に入った時に知り合った、いわゆる親友のようなものだ。
ようなものというのは、友達というにはもう少し重たい気もするし、親友というにはそこまで互いに解りあってはいないように思ったからだ。
しかし事実、山田とはなんとなく気が合い、親友と呼べる関係になる者はおそらく彼だろうとも思っている。

二人は肩を並べ、校門をくぐった。


「今年も同じクラスだといいな!」

「あー…俺、窓際の席がいいな」

「目標低っ!お前にとって俺の存在はそんなものか!?俺はこんなにお前を大切にしてるのに!!」


山田の言葉でも解るだろうが、中学三年間、彼らはどういう訳か同じクラスに割り振られた。
そのお陰で今もこうして自然と一緒に居るような関係になったのだが、そろそろ離れるんじゃないかと憬は思っていた。

正門を入って少し歩けば、先生や手伝いの上級生たちが新入生を誘導している。
クラス発表の紙が張り出された掲示板には、当然新入生が集まり群れをなしていた。


「俺こっち、お前あっちね」


クラスの数から、二人で分担した方が早いと判断したのだろう山田に言われ、憬は左端―1組から几帳面に並ぶ名前を順に見ていく。
小泉という苗字故に、捜すのは前の方だけで楽だ。山田も同じように最後の方。
1組を終え、2組に視線を移した時、予想以上に簡単にそれは見つかった。


「2組か…」


最下層には「山田直樹」という名前も見つけ、少し安堵した。
しかし実際は、彼が安堵した理由はそれだけではなかった。
自分の名前の二つ前に、無意識下に捜していた人物の名前を見つけたのだ。
 
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