君におくる唄
□その距離
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梅原和夫(32歳)―通称ウメカズは、教師でありながらかなり適当な男である。
受け持ったクラスに関しても必要最低限の助力しかせず、殆どは委員長に任せきりだと彼の適当さは学校内では有名だ。
しかし、それでも保護者から苦情がくることはない。
その適当さ故に、クラスが一致団結するそうだ。
お陰で、彼が受け持ったクラスは、体育祭や文化祭においていい結果を残したとか。
憬はその話を山田から聞いた時、疑うことしかできなかった。
第2譜
どうしよう。
憬の頭の中では、その言葉ばかりが声を上げていた。
入学式から5日経った。
そろそろいい加減に座席表を作らなければならないらしく、梅原は「忙しいから」と委員長である憬と奏歌に押し付けた。
嫌々ながら座席の枠だけを書かれた紙を受け取り、放課後教室に残って作業に取り掛かった。
ここまではまだいい。ここまでは。
しかし、今まで会話することなく気まずい関係にあった二人なのだ。
当然、教室には異様な空気が満ちていた。
「原田樹」
「はい」
「樋口悠平」
「はい」
奏歌が男子の名前を出席番号順に読み、憬が一つずつ枠を空けて名前を紙に書く。
淡々とその作業が繰り返され、女子までくると憬は空けてあった空欄に名前を書いていった。
最後に誤字や記入漏れが無いかを確認し、作業は終了した。
「じゃあ私、ウメカズに出しとくから。先帰っていいよ」
そそくさと、まるで逃げるように奏歌は席を立つ。
「いい」
思わず、憬も席を立った。
「暗くなってきたし、送ってくよ」
春だからか、教室には斜陽が眩しいほどに差しこんでいた。
きっとまっすぐ家に帰っても、その頃には陽は沈んでいるだろう。
「一人で帰れるから」
「女子を一人で帰す訳にはいかないよ」
そんなものは都合のいい言い訳でしかなかったが、やっと彼女との距離を縮めるチャンスなのだ。
憬はどうしてもこれを逃したくなかった。
言いながら筆箱を鞄に仕舞っていると、彼女が小さく息を吐いたのが聞こえた。
「…じゃあ、下駄箱で待ってて」
闇の中に、光が差し込んだようだった。
憬は幸福感に包まれながら、眉を下げる彼女に頷く。
(ウメカズ…ありがとう)
憬は思った。
あの話は本当なのかもしれない。