君におくる唄

□きみとぼく
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空は晴天。
木の葉も青々と茂り、道に転々と木漏れ日を落とす5月。

体育祭というイベントが、近づきつつあった。









第3譜









「最近ご機嫌じゃん。なんかあった?」


ギクリ、憬は表情をこわばらせた。
問いかけた山田はその反応を見てか、ニンマリと口角を上げる。


「いいなぁお前は、幸せそうで。俺なんか部活で筋肉痛の上にこうやって雑用をやってる訳だ。別に褒めてくれても構わないんだぞ?」

「どこをどう見たら俺はお前を褒められるんだろうな」


適切に突っ込み、憬は先程の事は無かったものと自己完結し作業に戻った。

彼らは今、体育祭で使うのだという横断幕の作成にあたっている。

梅原曰く、毎年大抵のクラスは一枚横断幕を作り、互いに励まし合い上位を目指すのだとか。
その制作に当然のように学級委員二人、そしてボランティア1名を募集したのだが名乗り出る者はおらず―憬がとりあえず山田を指名したのだ。

作成といっても一から作る訳ではなく、教師達が買ってきた生地にスローガンのようなものを書くだけである。
横断幕と言っても、そこまで大きくないのが幸いと言ったところだろう。

憬は黙々と、下書きした文字の上にペンキを重ねていった。


「ほら、また」


何故か楽しげな山田の声に、引っ張られるように憬は顔を上げる。
彼の言葉の意味を理解できずに問うと、山田は先程のようににんまり笑うのだった。


「お前無意識なの?今、鼻歌歌ってた」

「え、マジで?」


憬はきょとんとしており、それも当然―彼は山田の言うとおり無意識のうちに鼻歌を歌っていたのだから。
山田は手元に視線を戻して、筆で遊ぶようにペンキを塗り進めた。


「いつもの歌。お前が好きなやつ。お前、機嫌のいい時いつも口ずさんでるよ」


これも無意識だろ。
そう図星を突かれ、憬は逃げるようにまた手元に視線を落とした。

山田の言う、憬が好きな歌とは誰も知る筈のない歌だ。
憬の口ずさむメロディのみを知る山田はもちろんのこと、憬ですらその曲名を知らない。

何故なら、その歌は今職員室に担任を呼びに行った奏歌が幼い頃に作った歌だからだ。

奏歌は一時期母の勧めでピアノ教室に通っていたのだが、その頃に作曲じみた遊びにハマったことがあった。
しかしその時期は短く、あっという間に彼女の中でそのブームは去ってしまう。

その頃に作った、このサビ部分だけの曲。
タイトルも歌詞も未完成だらけのこの曲を、彼女はそれなりに気に入っていたのかよく口ずさんだ。
そのうち自然と憬の耳にも残り、いつしか彼も口ずさむようになった。

―それが無意識のうちにまで出ているとは、彼は知らなかったのだけれど。


(うわ…奏歌に知られてないといいけど…)


今でも時々、彼女がこの歌を口ずさんでいるのを耳にすることがある。
遠くで見てきた彼女は楽しげにこの歌を口ずさみ、友達になんの曲かと問われると照れくさそうに「秘密」と答えていた。

白いペンキが切れ梅原を呼びに行ったのが奏歌で良かったと、憬は心中でそっと安堵の息を吐いた。
 
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