あなた日和

□試合日和
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天気は快晴。今日は試合日和です。
まぁ室内だから天気は関係ないけど。


「何してんの」

「ぎゃっ」


突然現れた兄さんのせいで、心臓がバクバクして痛い。
でもさすが兄さんは気にした様子もなく、視線は私の手元。


「お弁当、だよ」

「見りゃ解る。今日学校だっけ?」

「言ったじゃん。岡崎の練習試合観に行くからって」

「そうだっけ」


しっかりしてよもう…
思わず溜息をつくと、兄さんに唐揚げを一個食べられた。


「あッ」

「でも練習試合に弁当いらないだろ」

「い、いいんだよ!岡崎に頼まれたの!つか唐揚げ食うな!!」

「じゃあ俺行くわ」

「だから食うな!!」


フラヒラと手を振って出ていくマイブラザー。
ジャージ着てるから今日も部活らしい。引退はいつなんだ。
結局二個も食べられた。
『AZUMA』とかかれた背中が憎い。









episode 20









「おはよー」

「おはよ」


やっぱりチャリに跨がって、岡崎は笑う。
でも今日はいつもより機嫌よさそう。なんていうか、遠足前の小学生みたいだ。


「今日超天気いいし、試合日和だよね」

「体育館だから関係ないじゃん」

「モチベーションが違うんだよ。モチベーションが」


わくわくソワソワ。
相当楽しみみたいで、岡崎は早く早くと私を急かす。
急かされるまま荷台に乗って岡崎の腰に掴まると、岡崎は駅に向けて漕ぎ出した。


「お弁当作ったよ。岡崎の好きなの入れた」

「うおっ、頑張ろー」


震える背中に、つられて笑う。


「岡崎可愛い」

「っ、はぁ!?なんで?」

「なんでって…可愛いから」


そう思っただけで、とくに理由はない。
岡崎は多分どう言えばいいのか解らなかったんだろう、もう突っ込まなかった。

今日の練習試合は、相手の学校でやるそうだ。
前の方に見えてきた駅に集合して、みんなでその学校に行くらしい。


「あ、ねぇ」

「んー?」

「相手ってどこの学校?」


そういえばどこと試合するのか聞いてなかった。
岡崎もそれを思い出したのか、小さく苦笑した。


「ごめん、言うの忘れてた。なんか私立の東高校ってとこ」

「え?」


今、なんて言った。
私立、東高校?


「あれ、どした?」

「…兄さんの、学校」

「え?」


自転車が止まって、駅に着いた。
岡崎が振り向く。


「東高校って…藍のお兄さんの学校だった?」


コクリと一回頷いた。
岡崎の笑顔が引き攣ったそれへと変わった時、


「岡崎ー!」


改札の方から、岡崎を呼ぶ声がした。
弾かれたように二人で振り向くと、溝口と見覚えのあるバスケ部員が数人こちらに手を振っている。
A子ももう居た。


「岡崎!お前最後だぞ!」

「え、マジっすか!?」


先輩にそう言われて、岡崎は「結構早めに出たのになぁ」なんて呟きながら輪に入っていく。
私はその背に隠れるように付いていった。
けど、やっぱりそれは無駄だったようだ。


「お。噂の彼女?」

「っ…」


簡単に見つけられて、いつのまにか顔しか知らない先輩に囲まれてしまった。


「名前は?一年何組?」

「えー、岡崎の彼女なのにチャラくねぇ」

「こんなバスケバカのどこがいいの?」

「え、いや、あの」


いろんな方角から質問攻め。
私の周りは人人人。みんな私を見ていて。
眼がまわるような感覚に落ちて、なんだかうまく頭が働かない。


「――先輩」


突然ぐいっと腕を引かれて、息が止まりそうになった。
引かれた先では、岡崎が先輩達を見据えてる。

……あ、れ?


「あんまりこいつ困らせないでください」


さっきまでと、少しだけ、雰囲気が


「いくら先輩でも怒りますよ」


ちが、う。


機嫌よかったのに、なんか、怒ってる…?

あまりの変化に付いていけず、私はただ呆然と岡崎を見上げる。
先輩達は、苦笑した。


「いやぁ、ごめんね彼女ちゃん」

「俺らせっかちでさ。よく怒られんだけど、そう簡単に治らないんだよコレが」

「あっ、いえ、すいません」


困ったように眉を下げるから、私は一度思わず頭を下げた。


「1年A組、中村藍空、です」

「中村?どっかで聞いたような…」

「バカかお前。中村って別に珍しくないじゃん」

「それよりあいらのが珍しいよ。どんな字?」

「藍色の空、で藍空…です」

「へぇ!かっけー」


ぱあっと先輩達の眼が輝いた時、


「全員揃ったから行くぞー」


監督さんの声が聞こえた。

た、助かった。
ほっと胸を撫で下ろせば、誰かに頭をはたかれた。


「った!」


後頭部をおさえて後ろを振り返ると、A子にじとと呆れたような眼で睨まれる。


「何いい子ぶってんのよ」

「…別に、いい子ぶってないよ。ああいうの、苦手なだけ」

「ふぅん。リンチは平気なくせに」


それを最後に、A子はスタスタと先に行ってしまった。
相変わらず冷たいなぁ…ていうか、岡崎はいいのかな。

ちらりと岡崎を盗み見ると岡崎と眼があって、ドキッと心臓が跳ねた。
岡崎が眼をそらさないから、私もそらせない。


「…人前、苦手だった?」

「えっ?あ、う、いや、人前っていうか…」


思わぬ問いに、いい答えが浮かばない。


「一緒に居るだけとかなら、大人数でも平気、なんだけど…」

「けど?」

「なんて言うのかな、…注目されるのが苦手。慣れてない、から」


いつも私の側には真紀が居て、周りには私を疎む知らない人。
ずっとそんな感じで、いつも真紀が追い払ってくれて。

それが、当たり前だったから。

岡崎に向けられるような視線が、いままでと違う視線が、私に向けられた。


それだけが、怖かった。


自分の中に答えは持ってるのに、うまく説明できないのがもどかしい。
もっと上手に話せたらいいのに。

言葉に詰まって岡崎の顔も見れずに改札を抜ける。
不意に、頭にあたたかい重み。
思わず顔を上げると、いつものはにかんだような笑顔があった。


「解った」


―あぁ、また。
また岡崎は笑って、私を許してくれる。

そんなこと、しないでほしい。

もっと、好きになってしまう。


「…ありがと」

「うん」


いつまでも岡崎の隣を歩けたら。
そんな欲を押し込めながら、電車に乗り込んだ。

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