Anniversary

□もう一つの人魚姫
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遥か遠い土地ではそれはそれは見目麗しく、透き通るように輝く長い銀の髪を持ち、ですがそれ以上に美しい声を持った人魚がおりました。

その人魚の名を零といい、零は念願の15歳の誕生日、やっと海の上に出られる事が出来、嬉しさに海の上にある石の上に座り、その美しい声で歌を歌いました。

その歌声はとてもとても美しく、海の中にいる生き物も、海の中にある宮殿の人魚にも聴こえており、皆うっとりと酔いしれていました。

歌も終盤に差し掛かろうという所で一隻の大きな船が近付いてきます。
海賊かと思い逃げようとした零ですが、船をよく見てみると大勢のドレスやスーツに身を包んだ人ばかりです。

そして皆さん声を大きく王子様を祝っています。
危険ではないと思った零は、自分も歌を歌って祝いました。

その声に導かれるように船頭に出てきた一人の男。
仕立ての良い服に包まれ、全ての所作において優雅なその人を零は一目で王子様だと解りました。

ですが小さい頃からずっと、お父様にもキツく人間と会ってはいけないと言われていた零。


「零、こんな所にいたの。早く帰ろう」

「壱縷…」


王子様に会いたいと思っている矢先に双子の妹の壱縷が零を呼びに来ました。
壱縷が来てしまえばもう帰るしかありません。


「ごめん………っ!」


帰ろうと岩の上から海に入るとなんの前触れもなく突然、海が荒れ始めした。
雷も鳴り、風も雨も強く、海も波が立っています。

零はふと王子様が気になり、振り返ると船から海に落ちてしまう所を丁度見てしまったのです。


「壱縷、先帰ってて!」


壱縷にそう言うと零は海に落ちてしまった王子様を助けに行き、すぐに抱えて陸まで運びました。
嵐も収まり、たまたまあった海岸に王子様を寝かせ、何度も呼び掛けます。


「王子様。起きて下さい。…王子様」


それでも王子様は起きようとしません。
ですが微かに聴こえる呼吸の音で死んではないと解ります。

見れば見るほどに整った顔立ちをしている王子様。
髪は漆黒で白磁のように綺麗な肌をしているとても美しい人でした。
人間は醜い生き物だと言われていた零は一目で王子様に恋をしてしまいました。

トクン、と胸が高鳴り王子様の唇に口付けようとした瞬間、誰かが来てしまいました。


「誰かいるんですか?」


はっ、とした零はまだ眠っている王子様を残し海に逃げ込みました。


「まぁ、大丈夫ですか?」

「……君、は…?」


眼が覚め、隣には見知らぬ女の人が立っています。
王子様は自分が船から落ちここに流れ着いた所をこの女性に介抱されたと思い込んでいます。
やがて二人は並んで歩き出しました。

その様子を海から見ていた零は王子様が意識を取り戻したという嬉しさと、王子様が勘違いをしている事への悲しさが重なりポロポロと涙を零してしまいました。


「…、…零…」


突然、壱縷が声をかけてきました。
零は振り向かずにただただ、泣くばかりです。


「そんなに、あの人間が好きなの?」

「…、…名前も解らないし声すら聴いてないよ。でも、好きなんだ」

「そ、か……」


はっきりと返ってきた答えに壱縷は零から眼を背けそう答えました。

それでも決心したかのように口を開きます。


「じゃあ、魔女のとこに行ってみたら?」

「魔女…?」

「そう、見返りを渡さなきゃいけないけど人間になれると思うよ」

「人間、に…」


壱縷からの提案に一つ一つ確認するように呟いている零。
零の顔が笑顔に変わるにつれて壱縷の顔は哀しそうです。


「本当に、魔女の見返りは何を取られるか解らないんだよ。零の綺麗な髪を取られるかもしれない。零の世界で一番綺麗な声を取られるかもしれない。
それでも、行くの…?」


瞳に涙の膜を薄く張りそれでも壱縷は涙を零さずに零に問いかけます。
泣くのを堪えている壱縷を見て胸が締め付けられるように痛む零ですがそれでもその瞳には強い決意が宿っています。


「ごめん、壱縷。でも一目でいいから会いたい。お父様も反対するかもしれないけれど、皆には黙って行くから、本当にごめん…」

「零…」


片割れとの最後の別れになるかもしれないと思うと胸が潰されそうに痛むのを我慢して王子様を選びました。


壱縷から逃げるようにして海を深く、深く潜り誰も寄り付かない魔女のいる場所へとひたすらに潜りました。





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