Anniversary

□初終の恋
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 殺して、と乞うなんてそんな見苦しい真似はしない。

 愛して、なんてそんな自分に必要の無い事は言わない。

 それでも、私がこの命を無くしてしまうその時は――――




―――――初終の



辺り一面に立ち込めるこの鉄と言う比喩では事足りない程の血臭。
自分に着いているこの赤黒いモノは何なのか、クラピカは思考の鈍っている頭で答えを求めた。

あぁ、血か。と答えを導き出してはみたものの、それに対して何も感じる事が出来なかった。

ただ、血が自分に飛んだだけだと。
クラピカは何も感じてはいなかった。

己が右腕が衣服ごと血に染まり、右腕に着いている血と同じモノが服に跳ねていようが、顔に着いていようが、クラピカにとって取るに足らない事なのだ。



―――ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、


クラピカの息遣いすら聞き取る事の出来ない静寂を、携帯の着信を知らせるコール音が掻き消した。
それは何度も何度も鳴り、コール音が一度止まると再び鳴り始める、

こんな真夜中に、と鬱陶しく思いながら二度目の着信を無視すると、手近にあった綺麗なままのソファに腰掛けた。

知人からの電話であるなら真夜中だった為出れなかった、と言っておけば大半の人はそれを信じる。
仕事の電話で無い事も解りきっていた。

この暗殺はノストラードからの命令であるから、暗殺の妨げになるような事を仕事の仲間がしてくる訳がない。

それでも、センリツだけは最後までクラピカが依頼を受ける事を反対していて、それを押し切るようにして依頼を受けた。


ファミリーに入ってからというもの、毎日人が死んでいく事は当たり前。
自分の腕が血に染まる事すらも、返り血を全身に浴びる事ももう、当たり前なのだ。
無益な殺しはしないと、どれだけの理想があろうと、マフィアの部下になってしまえばそんな理想は瞬間時に崩れていく。

だから、そんな生温く、子供の抱くような理想は捨てた。

それを知ってか知らずかセンリツはクラピカが復讐などとは関係の無い殺しに行く度に反対し、クラピカはそれを振り切る。
毎度毎度、それの繰り返しだった。

琥珀色の瞳を隠すように付けられた黒いコンタクトを外し、持ち歩いている保存液の入ったケースに入れる。

コンタクトを外したその瞳は輝くような琥珀色では無く、燃えるように赤い、緋色だ。

そして、生前の原型が微かに残る息絶えた亡骸を挟んで向こうにあるガラスケースにビスクドールのように輝くウェーブの掛かった金髪に、整った顔立ちに、胸元で組まれた細く綺麗な指。
王族の姫が着ていそうなシルク生地をあしらい、レースで装飾された淡い桃色のドレスを身に纏った少女、否、生きた少女そっくりの人形がとても大切そうに狭いケースに飾られている。

そしてその瞳は、閉じられてはおらず、開眼されている瞳は緋色。
ビスクドールのような外見とは全くの不釣り合いさに、クラピカは嘲笑にも似た微笑を漏らした。


「……悪趣味な、」


先程殺したばかりの名も知らない只の人間であった亡骸を跨ぐように越え、その悪趣味な少女を模した人形の入ったガラスケースに近付くと、返り血が乾ききっていない右腕で拳を作り、特殊な原料で作られたあらゆる攻撃にも耐えるそれをダンッ、と鈍い音を響かせ、特殊な硝子にはビシ、と亀裂が入る。
もう一度、先程よりも威力を殺した拳を亀裂の入った硝子に叩き付けると、硝子が粉々に砕け落ちる音がクラピカの鼓膜に届く。

硝子を殴り付けていた右腕は返り血ではなく、自身の出血で更に赤黒く染まる。

痛覚が鈍ってしまったのかと疑ってしまう程に、右腕には一瞥もくれずに硝子の境が無くなり、無防備になった人形へと血にまみれた腕を伸ばす。

グッ、と指が皮膚に食い込む感覚に、吐き気さえ覚えた。
この人形は、只の人形では無いと確信し、その場に空にしていたた胃から胃液を吐き出した。

血臭が色濃く残る部屋に酸の混じった臭いも立ち込める。

この人形は、皮膚も、内蔵ですらも元は人間だった者のモノで作られた、本当に人間そっくりに作られた人間に限りなく近い、人形なのだ。


「どこまでコイツは、ッ…」


胃液すら無いと思っていた胃から全て吐き出し、右腕に比べて返り血を浴びていない左腕で口元を拭う。

喉に張り付くようにして残る粘膜を鬱陶しくも思いながら立ち上がると、鳴り止んでいたと思っていた携帯が再び鳴り始めた。





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