キリリク部屋

□伸ばすこの手は、誰がために
1ページ/12ページ


パキッ…ン…

焚き火の爆ぜる音で、俺はふと、我に返った。そのまま、何とはなしに、隣で寝息を立てている愛しい女―
真奈―の寝顔を覗き見る。
そのまま、彼女のしなやかな栗色の髪を優しく鋤く。
―と。
安らかなその寝顔が、微かに弛んだ。
その微笑ましくも、愛らしい顔にふっと俺の顔も弛んでしまう。
こうして二人だけで旅をするようになって早、一月。
俺達が再び巡り会った運命としか言い様のないあの日から三月が過ぎようとしている。

思えば、何と波乱に満ちた三月だった事よ。
既に、常人には預かり知れぬ程永い永い時を過ごしてきたこの俺の人生の中で、最も密度の濃い出来事てあった。
だが…。その出来事のお蔭で今のこの時間があるのやも知れぬ。

俺の横で健やかな眠りについている愛する伴侶から伝わる、確かな温もり。
その温かさに、ますます弛んでゆく頬に自分でも苦笑を禁じ得ない。

そんな俺の心にある歌が浮かんだ。


【かくとだに
えやはいぶきの
さしも草

さしも知らじな
燃ゆる思ひを】
そう心で呟いて。

俺は、静かに瞳を閉じ―

あの時の情景を思い返していた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ