short story

□月の廃墟と天女
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真っ暗な闇の中でぼんやりと付いている電灯、空の上で怪しく瞬く星、そしていつもじゃ見る事のない大きく綺麗な丸になっている月…そんな夜道を、オレはフラフラと足を振ら付かせながら歩いていた。もっと普通に歩けないの?と誰かさんに言われてしまいそうだが、慣れない仕事をやり遂げたせいか酷く疲れていてそんな事を気にする暇などある訳がなかった。
今日の仕事とは、他のグループのゲストとして(何故かオレだけ)招かれてセッションをする事だった。いつも相方とセッションをしている為か、その交流は新鮮で楽しくて、とても勉強になったのだが…
お呼ばれされたのは『ゴシック』『ハードロック』『ローレライ』の大人系バンドグループで、最初は他のグループとセッションに慣れていなかったオレにとっては本当に頼り甲斐があった。しかしその後の打上げで全てがどん底に陥った。ハードロックとローレライはがばがばと酒を呑み、そして呑み過ぎで酔った二人は、オレとゴシックに無理矢理酒を呑まそうとしだした。オレは回避出来たのだが(いや、少し呑んでしまったかもしれない)ゴシックは結局呑まされてしまい、急激に酔っぱらうや否やオレに強く抱きついて来てそのまま寝てしまい身動きが出来ない始末だ。しかもハードロックとローレライも釣られて抱きついて来て、酒の匂いと三人に抱き着かれている腕がオレの体を締め付けてきて息苦しさがピークに達してしまう。しかし必死に足掻いてやっとの事で女三人から解放された。解放されると愛用のベースが入ったケースを持つと逃げるようにその場を後にした。外に出ると清々しい気持ちになると同時に、やはり少し酒を口に含んでいたのか頭が痛かった。
そして今に至る訳だが、頭の痛さがどんどん悪化していってこのままだときっと道端で倒れてしまうだろう。そう思ったオレは近くにあったベンチに腰掛けた。今日はここで野宿でもしよう。家帰るの面倒くさいし。きっとアイツも寝てるし。
そう思いながらオレはベンチの背もたれにもたれながら上を見上げると、さっきよりも大きくなった満月がてっぺんにあった。そういえばここは『月の廃墟』の通りだったか。だからこんなに月が大きいのか。オレはなんとなく満月に右手を翳した。翳してもオレの手をはみ出す月を見て
「月が綺麗ですねー…」
とぽつりとそう呟いた、なんだか寂しさを感じてしまった。…誰に向かって言っているんだオレは。
そう思いはぁと溜め息を吐くと少しの時間ずっと月を眺めていた。虚し過ぎて何だか泣きそうになった。
すると、ピタッと額に何かが付いた。オレは上を向いたまま手探りで額に付いた物を取る…というより摘むと、
「花びら…?」
指で摘んだそれは初めゴミかと思ったが、手触りと月の光に照らすと綺麗な桃色をしていて花びらだと分かった。だけどこれはよく見たらエフィクトの桜吹雪の花びらと同じ物だった。気付くとひらひらとまた花びらが風に吹かれてきた。花びらが月の光によってキラキラと輝いていて思わずオレは見とれてしまったが、すぐさま我に返って重い体を無理矢理起こすと、思い立ったのかベンチから立ち上がり、花吹雪が吹かれている場所へと向かった。こんな時間に仕事もエディットもしている奴なんかいない筈だ。いや、夜行性のモジュールが仕事をやっているのかもしれない。だけどそんな奴らとは出来る事なら会いたくない。…怖いし。だったらそのまま回れ右して戻ればいいじゃないかとか思ったりもしたが、好奇心に負けてしまうから仕方ないのだ。
そうこう考えているうちにだんだんと桜吹雪が濃くなってきた。そして辿り着いた先は、『月の廃墟』。月が一段と大きく見える場所。どうでもいいがオレは相方と一度だけここでエディットした事がある。月の前で歌うのに慣れなくて気持ち悪くなってしまい、恥ずかしかった。「同じ『月』なのにね」と相方に言われた気もする。いやそんな事は今どうでもいいんだ。
すると微かに声が聞こえて来た。何かのメロディの旋律を口ずさんでいるようにも聞こえた。オレは桜吹雪の道から外れると辺りをキョロキョロと見渡した。すると大きな月の前で誰かが踊っているのが見えた。だけど月の光で誰が踊っているのか分からなかった。オレはもう少し近づいてみると見た目的に女の子だと分かった。そして片方の手には扇子を持っていて、目を凝らして見てみると和服のような服装で、顔が…
「…黒?」
思わず相方の名前を呟いてしまった。でもどう見ても相方と顔が似ているのだ。でもよくよく見るといつも難しそうな顔をした相方と違って(本人の前で言ったら絶対酷い目に合う)は、楽しそうな顔をしながら踊っている。とても綺麗だ。月の光がたまに彼女の顔に当たり余計に綺麗に見えてしまったオレは彼女に釘付けになったしまった。きっと今オレは凄く間抜けな顔をしているだろう。でもさっきまでの酔いなんて忘れるくらいに今の光景が…彼女が綺麗で。
そうやってぼーと彼女を見ていると、いつの間にかオレと彼女との視線がぶつかっていた。オレが気付いた時には遅く、彼女はキョトンとした顔でオレを見ていた。
「わ、わりぃ…じ、邪魔したな…」
オレはどうすればいいのか分からず慌ててそう言うと、彼女は少し目を丸くした。その反応を見て、これはさすがにやばいか…?と思ったが、彼女の次の表情にそんな気持ちもなくなったしまった。
彼女に微笑まれたのだ。優しく、美しく。こんな風に女の子に微笑まれたのは初めてかもしれない。いつもは何故か変態と言われるわ、意味なく殴られるかのどちらかだったのに。するとだんだんとさっきまで止んでいた桜吹雪がいきなり降って来て前よりも花びらの量が増えていた。そしてどんどん激しさが増して彼女が全く見えなくなってしまった。オレは必死に桜吹雪をかき分けて彼女の方へ向かったが、彼女のいた場所には何も残っていなかった。彼女もいなくてオレが呆然と立ち尽くしているだけだった。
あの子はなんだったんだろう。まさか新しい『鏡音リン』のモジュールだろうか。もしかしたら本当に天使なのかもしれない。いや和服着てたから天女か。それくらい可愛かったし綺麗だった。するとオレの頭がまたガンガンと目の前で大きな鐘が鳴り響くかのように痛くなった。そうかこれが恋に落ちた音か。そういえばオレ酔ってるし疲れてたんだっけ。
オレは足のバランスを崩してしまい、そのまま地べたに寝転んだ。コンクリートが冷たくて気持ちがいい。こうしてオレの意識が遠くなった。
意識が遠くなる前、彼女の微笑みが脳内に映し出されたのは言うまでもない。
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