short story

□月の廃墟と天女
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「…んん…」
ここはどこだ…冷たいコンクリートに寝ていた気がするのに何故か体に柔らかいふわふわした感触があった。きっとここは天国だ。オレはあの時そのまま死んだのだなと思った。しかしいきなりの頭痛と自分のうなり声で薄らと目を開けると、見慣れた灰色の天井に周りにはオレの愛用しているベース達がいくつも置いてあった。そしてやっとの事で自分がいつも使っているベッドだと気付き、ここはオレの部屋なんだなと把握した。つまり自分のDIVAルームに帰れたという事だ。だけど昨日の事はあの時で切れてしまっていてどうやって帰ったのか覚えている訳がなかった。ハテナマークを浮かばせながら体を起こすとまだ少しだけ頭が痛かった。舐めたくらいしか呑んでないと思っていたが…それほどオレが酒に弱いってことか。そんな事を考えていると、ドアの開いた音がした。
「あ、起きてたんだ」
「…ついさっき起きた」
ドアの方を見ると水の入ったコップを持った相方――黒(周りはブラックスターと呼ぶ)がいた。黒はオレの元まで来ると片手で何も言わずにコップを差し出した。オレはそれを受け取ると一気に水を口に含んだ。喉に冷たいのが通って心地が良かった。相当喉が渇いていたらしい。飲み終えて空になったコップをオレは見つめていると溜め息が上から降って来た。
「あんた月の廃墟で倒れてたみたいじゃない、偶然通りかかったホワイトブレザーがあんたここまで担いできてくれたのよ」
「そうだったのか…」
オレはそう呟きながら昨日の帰り道の事を思い返してみた。やっぱり思い出すだけで疲れてしまう。だけど桜吹雪の中で踊っていた彼女の事を思い出すと胸が高鳴って頬がほんのりと熱くなる。
「昨日天女を見たんだ」
「はぁ?あんた頭打った?」
「心を撃ち抜かれた」
「青、もう一回寝てた方がいいわよ」
無意識にそんな事を言ったがやっぱり黒に冷めた目で見られて終わってしまった。まぁ信じてもらえるとは思ってなかったけど。オレも幻覚を見たのかもしれない。そう思っているとそうそう、と黒が新しい話を切り出した。
「昨日紅さんからメールが届いたんだけど」
「紅葉から?珍しい」
ここから遠くのDIVAルームに住んでいる『紅葉』は病弱なのかあまり表に姿を見せない。なので他のモジュールとは少ししか関わりがなく連絡も取れない事に定評がある。だから百道からメールが来た事にオレは動揺してしまった。
「で、なんて来たんだ?」
「ああなんか、また増えるらしいよ『鏡音リン・レン』専用モジュール」
「へぇ」
「時雨の弟子って言ってたから和服モジュールの子が来るみたい」
「ふうん…え?」
オレはどうでも良いかのように聞き流していたが『鏡音リン・レン』と『和服モジュール』に反応してしまった。…どうしても昨日の夜の彼女を思い浮かべてしまうからだ。
「その…新しいモジュールとやらには、い、いつ会えるんだ?」
「近い内に時雨が連れてくるって紅さんが…ってあんた顔気持ち悪い」
「き、気持ち悪い言うな」
気持ち悪いと言われてもの凄く傷付いた訳だが、もしかしたら彼女にまた会えるかも思うと我慢出来ずににやけてしまった。黒はそんなオレに呆れたのか溜め息をもう一度して、近くにあった椅子に座って背負っていたギターケースからギターを取り出すと黒から現を弾く音が聞こえた。
オレはそれに耳を傾けながら静かに聴くのであった。



「青、もう体調大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だ。今日は絶好調だから思いっきり楽しむぜ」
「楽しんでもらわないとこっちが困るわ」
次の日、ライブハウスのステージ上でオレと黒は今夜ののライブのリハーサルの為に、自分達の楽器の準備をしていた。久しぶりに二人でセッションが出来る日だ。お互い色々忙しかったので時間がなかったのだ。
「今日なに演奏するんだっけか?忘れた」
「ええっと…」
綺麗さっぱり今日の曲目を忘れていたオレはでギターのチューニングを行っている黒の元に向かっていった。
と同時に、ライブハウスの扉がバンッと開いた音がした。オレと黒は同じタイミングでそっちを振り向くと
「やあ久しぶり、ブラックスターにブルームーン」
「おお時雨」
「お久しぶりね」
見るとライブハウスには似合わない和服を着た、『時雨』が立っていた。時雨はオレ達を見つけるとすぐにこちらまでやってきた。…相変わらず動きが速い。時雨は紅葉と一緒のDIVAルームに住んでいる。だけど紅葉よりも出現率は高めで、和食を作ってもらったりと何かと世話になったいたが、最近見かけなくなったしまって心配だった。今まで何してたんだと問いかけると時雨は少しだけ微笑みながら口を開いた。
「姐さんから聞いてると思うが新しい『鏡音リン・レン』の新しいモジュールが来るのは知っているな?」
「ああ知ってる、昨日聞いた」
「それは良かった、その二人の面倒で手が開かなく二人とご無沙汰になったしまった」
「へえ、そうだったの」
「しかしやっとお披露目出来る。さあこっちへ来るんだ二人とも」
そう時雨はさっきまでいた扉に声をかけると二つの人影がそそくさと現れた。ここからは少し暗くて見えなかったが近づいてくるにつれ和服を着た『鏡音リン・レン』だった。ステージにやって来ると鏡音レンの方はオレ達を見ると柔らかく笑ってみせた。それを見て黒の口からあんたと大違い、と飛び出してきたが、聞かなかったにした。
「ブラックスターさんブルームーンさん初めまして、藍鉄と申します。これからよろしくお願いします」
と鏡音レン――藍鉄はそう言うとぺこりと会釈をした。
「レンモジュ同士よろしくな、藍鉄」
「分からない事あったら言ってね」
「はいありがとうございます!」
そんな訳で藍鉄との挨拶が終了したのだが、問題は…
「…ねえ後ろで藍鉄の隠れてる子大丈夫なの…?」
「あ、この子は人見知りで、慣れれば大丈夫なのですが…さあお二人に迷惑がかかるので出て来て下さい!」
藍鉄はよいしょ、と言いながら『鏡音リン』を前に出した。すると彼女の顔を見るや否や、オレの体が硬直すると同時にボウッと顔が火が出るくらい熱くなったのが分かった
昨日の天女だ…彼女はオレと黒を見るとあわあわと落ち着きをなくしていて、顔も真っ赤で、うん凄く可愛い。目がおろおろしてるのとか小動物みたいで、頭を撫でたくなってしまう。もう何て言ったら良いんだろう。もっと早めに会いた…
「…お、青!」
「んおお!?なななななんだよ耳元で大声出すんじゃねえよびっくりしたじゃねぇか…」
「そんな事でびっくりする前に今の状況にびっくりしたら…?」
いきなり黒の声が耳元でキーンと鳴り響いて我に返ると、黒の言う通りに周りを見てみる。すると怯えた目でオレを見ている彼女と嫌にニコニコとした藍鉄がいた。彼女はまた藍鉄の後ろに隠れている。可愛いんだからもっと表に出てしまえばいいのに。そして辺りを見回すと、溜め息をわざと吐きうんざり顔の黒と苦笑いを浮かべた時雨。オレは周りの異変にやっと気付くがどうしてこんな空気になったのか分からないでいると、「ブルームーンさん」とニコニコニコニコと効果音が出るくらいに恐ろしいくらいの笑顔をした藍鉄が近づいて来た。オレはぽかんとしていると
「蘇芳をそんな目で見ないであげてくださいね」
「はぁ…?」
藍鉄がそれだけ言ってきたがオレは全く理解出来ずにいると、藍鉄はそのまま蘇芳の手を引いて出て行ってしまった。
「オレが何したってんだよ…」
「…変態の上に鈍感なのね」
「オレはレディの扱いくらいは出来るぜ?」
「きも…」
そう黒と会話を交わしていると時雨がこちらに申し訳なさそうにやってきた。
「ブラックスター、ブルームーンすまなかった、二人はまだこの環境が慣れていないから少しばかり警戒してしまったらしい」
「いいのよ、全部青が悪いんだし」
「だーかーらーオレが何したんだよ」
「後日藍鉄と蘇芳に謝りに行かせる。では私も二人を追わなくては…では邪魔をした」
「ばいばーい」
「オレの話を聞けよ」
オレが会話に入れないまま時雨はライブハウスから出て行った。黒に今度こそ謎を聞こうと思ったら会場中にブザーが鳴り響いた。
「開場の合図ね。もうすぐで本番。終わったらあんたの望み聞いてあげる」
「お、おう」
黒はそう言うと、ギターを持ってステージ裏へと向かった。そしてオレも黒の後ろ姿に付いて行った。
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