Boys

□椿
4ページ/4ページ


「椿…」

 冷え切った己を掻き抱きながら呼ぶ声は、喘ぎ疲れて掠れていた。
 椿は目を伏せたまま黙々と制服を脱ぎ、ぶっきらぼうに放って棗の前を隠してやった。

「わっ…そんな、いいって汚れるからっ…」

「気にするな。…風邪引く」

「でもっ…」

 もう相手にしないといった様子で、椿はスタスタとその場から離れた。棗は駆け寄ろうと身を起こしかけたが、腰に鈍痛が響いて立ち上がることすらできなかった。
 苦悶に呻く棗を肩越しに振り返り、蔑むような目をしながら告げた。

「──先生にはもう二度と関わるな。今度またこんなことがあったら、ただじゃおかない」

 凄みを含んだ言葉を残し、出ていこうとした椿を慌てて呼び止める。

「ま、待って!一つだけっ…どうしても聞きたいことがあるんだ」

「……なんだよ」

「…誰に怒ってるの?」

「……」

 椿は口をつぐんでしばらく言葉を探したあと、うんざりしたようなため息をつきながら言い残した。

「………………自分だよ」






 …また、一人だ。
 ダルい体を抱えながら、棗はもそもそと制服を着け始めた。痛いとかダルいとか、治るのを待ってる暇はない。
 また誰かに見つかったら…今度こそ終わりだ。
 …『今度こそ』?
 何を言ってるんだ。もう終わりじゃないか。何もかも。
 そもそもの発端は全てあの手紙のせいだ。
 手紙さえ来なければ──春日は電車であんなことはしなかった。それまでは、何もなかったんだから。きっかけさえなければ春日だって…
 宝賀先生とも、普通の教師と生徒の関係のままでいられた。手紙のことがバレたのは確かに俺の不注意かもしれないけど、それでも最初から手紙なんてなければこんなことには…
 椿は…

 ……。

 …椿はどうして俺を襲ったりしたんだ。
 確かに椿は正義感に厚い人間で、教師と生徒のふしだらな行為を白眼視するのは当然だ。
 でも椿は俺を犯した。全くつじつまの合わない行動だ。
 あの時の椿は感情的だった。怒りに任せて俺を抱いたんだ。
『認めない』という言葉も何か特別な想いが含まれていた気がする。
 特別な、想い──






 着替え終わって椿の制服を手に取ると、目の奥から感情の奔流が関を切った。

「…椿…っ」

 自分より二回りも大きいそれに顔を埋め、棗は声を上げて泣いた。
 お前も…俺のことを…?
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ