君と空の下

□1章 甘寧と凌統
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城の門を出てから、もう一刻は経っただろうか。
だが、気だるげな足取りの歩調は速くなく、それほど距離は進んでいなかった。
べつに、何か思うところがあるわけではない。
ただ単に、目的がないのだ。
甘寧。字は興覇。
巴郡臨江県の生まれで、水賊の頭として暴れまわった後、荊州の劉表、その配下の黄祖を経て、江東の孫家へと仕官した。
所詮は水賊あがりと蔑まれる不遇に堪えきれず、また劉表の将来を見限ってのことだった。
その後は、古参の将らと一悶着二悶着ありながらも、その地位を確かにし、主である孫権を天下人へと導く立て役者となった。
黄巾の乱より━━━いや、漢王室の腐敗が始まった時からか、長く続いた戦乱の世は終わり、天下は平和を取り戻した。
もう、大陸を戦火に曝す者はいない。
各地で覇を唱えた群雄たちも、孫呉によって鎮められた。
そこでまた、新たな問題が浮上した。
武でならした歴戦の将らが、居場所を失ってしまったのである。
だからといって、孫権が彼らを邪険にしたわけではない。
何より大切な平和維持という仕事がある。
だが、武断派といわれた者にとって、それはひどく退屈なものでしかなかった。
甘寧は、もはや自分の力が必要でないことを悟り、戦友に別れを告げ、城をあとにした。
寂しくないわけではなかった。
やっと見つけた自分の居場所。
それをわざわざ捨てるような真似をして、我ながら馬鹿だなと思わずにはいられなかった。
でも、同時に、己が乱世でのみ輝ける人材だと知っていた。
体中にたぎる血潮が、それを物語る。
この躯を、魂を、黄祖のような小物ではなく、孫呉のために使えたことは幸せだ。
将としての最期が、孫呉でよかった。
甘寧は、物思いに耽っていた。
耽りすぎていた。後ろから近付く足音や気配にも、まるで気が付かないほどに。
ぼす、と頭のうしろに何かが当たった。
はじめは、風に吹かれた塵屑でもぶつかったかと思ったが、すぐに思い直した。
もう一度、それは後頭部を直撃したからだ。
「誰だ!!この俺様を鈴の甘寧と知って……」
「知ってるっつの」
言い終わる前に、冷ややかな声に遮られる。
甘寧より僅かばかり高い目線、後ろで束ねられた長い髪、彫りの深い垂れ目━━━
「凌統!!」
甘寧は、心底驚いた。
今し方、城に置いてきたばかりの凌統が、なぜここにいるのか。
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