魔の預言者 本

□第四話
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ギイィィィ…





「こんにちは女将さん」


「! いらっしゃい、奥村の若先生」



海と燐が言いつけを破り、敷地内に入っているとも知らず、雪男は店の中に入って行った。



「鹿子草(カノコソウ)・音切草(オトギリソウ)・羊歯(シダ)・苦薄荷(ニガハッカ)2枚ずつ。あと、C濃度の聖水1ℓ、砂鉄300g、いつもの聖銀の被甲(プレットジャケット)6ダース……あ、それにコレも…」



忘れてた。ポケットの中から海に渡されたメモを出す。



「まいどあり…また買いこむねぇ…!」


「先日大量に消費したんで」



代金を払い、品物を受け取る。



「それで、お嬢さんの…しえみさんの様子はどうですか?」


「…あの娘とは今ケンカしててね……口きいてないんだよ。足は日増しに悪くなる一方さ」



タバコの煙がおかみさんの口から吐き出される。態度からして、あまり機嫌がよさそうには見えない。



「お医者にも診せたけど、骨や筋肉や神経は異常がないっていうから、祓魔師(そちら)を頼ったのさ」


「なにか悪魔が絡むようなお心当たりはありますか」


「祖母(はは)が死んでからだね。ほんと、何でなのかね…」



悩ましげにため息がは煙と共に吐き出された。










「何で…何でこんな展開に…!?」



一方燐はというと、無事誤解も解け、今は庭仕事を(強制的に)手伝っている。



「門が邪魔で肥料が流せなくって…牛の糞を水で薄めた肥料なの」


「つーかくさい。目にしみる!!」



肥料が入ったバケツを流し終えると、燐に向き直る。展開を知っている海は少し離れた所で作業中だ。



「ありがとう。足が悪いからなかなか進まなくて…助かりました」


「助かりましたじゃねー。人を悪魔呼ばわりして、コキ使いやがって…!」



すまなそうに顔を俯けるしえみ。



「ご…ごめんなさい……さっきはびっくりして……」


「…ケッ、まあ門は俺が壊したっぽいし、いーけど…」



しえみと同じ視線になるようにしゃがみ、溜息を吐く燐の目の前に片手が差し出された。



「仲直りしてくれる?わたし…あなたがいい人だってわらなかったの」


「…い、おっ?…ベ、べつに…してやらんこともない、けど…」


「ほんと?よかったー。私、杜山しえみ。貴方のお名前は?」


「お…奥村燐」



その様子を陰でみていた海は、何かが違う事に気がついた。



『(燐が…顔を赤らめてない!?はっ!?何で!?)』



確かに燐はごく自然な表情で握手を交わしている。そのあと焦ったように両手を見ていたのは同じだが…



『(オレが入ったから、物語にズレが生じてるのか?)』



わけのわからないまま二人を見つめる。会話はしえみの昔話(おばあちゃんの庭)になったようだ。
しえみの顔が綻んだ所から、大方天空の庭の話でもしているのだろう。



『もうそろそろ出っか…』



草の陰から出て、燐としえみの元へ行く。ちょうどそこに雪男と女将さんも来た。



「兄さん!ちょっと…どうしてそういう事になっちゃったの?油断も隙もない…!
っていうか海!ちゃんと監視役頼んだじゃないか!」


『オレ、前もって言ったはずだぞ?“期待された働きが出来るかは保証できない”って』


「はぁ…」



屁理屈とは言わせねーぞ?ちゃんと前もって言ったんだからな!そして雪男の大声に気付いたのか、燐としえみも雪男の存在に気付いた。



「おー雪男♪」


「雪ちゃん!」


「ゆきちゃん!?………知り合い?」


「うん。いつも贔屓にさせてもらってるこの用品店のお嬢さんだからね。こんにちはしえみさん」


「こ…こんにちは…!」



しえみの顔が途端に赤くなる。



「そっちは僕の双子の兄です」


「え!?雪ちゃんがお兄さんみたい…!」


「実際僕が兄の様なものですよ。兄は形ばかりの兄です」


「誰が形ばかりだ!」



叫ぶ燐を無視して話は進む。



「兄は祓魔師(エクソシスト)の訓練生(ペイジ)なんです。今日は見学に」


『まぁ燐。ガンバ』


「何がガンバだっ!」



燐に頭を押さえられる。身長差が10p以上あるため、見上げる形になってしまうのは必然的だ。
途端に燐の顔が赤くなる。



「(今のは反則だろっ…!)」


『(何で今赤くなんだよ?ほんと、訳わかんねぇ…)』



この二人がくっつくのはまだまだ先になりそうだ。



「しえみ、今日は先生に足を見てもらいな」


「お母さん…!?」



そこに遅れて登場した女将さん。



「!?…わ、私…悪魔になんか!」



グダグダ言うしえみの前に再度座り込む。この体制は本日二度目だ。



『しえみ、念のためだ。もしかしたらのことも考えてな。やっとこうぜ?』


「う、うん…」


「それでは診させてもらいますね」


「お、俺は…?」


「兄さんはそこで見学」



雪男もしゃがみこみ、しえみの着物を少しめくる。



『(やっぱ根か…オレが祓ってもいいんだけどな)』


「…“根”だ。これは魔障です。悪魔の仕業に間違いない」


「そ…そんな」



オレの手を握る力が強くなった。



「じゃあしえみは…!」


「いえ、“憑依”はされていません。これは人に付けるほど強力な悪魔の仕業じゃない。
この庭の植物に憑依した…山魅(デックアルプ)か緑男(グリーンマン)か木霊(エント)か…
いずれかの下級悪魔が、土を伝って足からしえみさんの心の隙間に寄生している。本体はこの庭の中にいる。
…しえみさん…悪魔は通常会話でひとの心に付け入る隙を作る。貴方は悪魔と会話したはずだ」


「わ、私、悪魔と話してなんか……」



詰め寄る雪男が怖いのかなんなのか、オレの手を握る力がどんどん増していく。
オレも少しでも安心させようと少し力を入れて握り返した。



「しえみ!お前はもうこの庭から出るんだ!!いくらおばあちゃんが大切にしてたからって、こんな庭!体壊してまでやる価値は無いんだよ」


「…こんな庭……?この庭はおばあちゃんの宝物なのに!!お母さんなんか大っきらい!!」



そう言い切った後、しえみは力が向けた様にその場に倒れ込んだ。
海はしえみを見てから、庭の一角に生えているパンジーを睨んだ。




  
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