魔の預言者 本
□第八話
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〜祓魔屋〜
「昨日は大変な一日だったね…ニーちゃん?」
《ニー》
しえみの頭の中に竜士と出雲に言われた言葉が回る。
ギイィ
「! いらっしゃいませ…」
「今晩は、しえみさん」
「!! 雪ちゃん!」
夜遅くに誰かと思ったら、やってきたのは雪男だった。…遅くになんの用だろうか?
「夜遅くにすみません…… 今日、女将さんは…?」
「今…仕入れで出かけてて私が店番を… 何か、探しものですか?」
きっと表情にも出ているのだろう。顔が熱い。雪男と久しぶりの二人っきりに鼓動がすごく早い。
「…いえ、しえみさんの進路についてお話ししたくて。お客さんがいない間… 少しお時間いいですか?」
何だ、進路のことか… 少し落胆する自分がどこかにいた。その場に立っててもらうのも何なので、雪男には近くの椅子に座ってもらった。
「私… 他の皆みたいに祓魔師(エクソシスト)を目指して、塾に入ったわけじゃないから。
……なんて書けばいいか判らなくて… 中途半端で恥ずかしい」
「…しえみさん、僕と初めて会った時のことを、覚えてますか?」
「え?」
「…僕は祓魔師になったばかりの頃で……」
覚えてますとも。雪ちゃんと初めて会った日のこと…
「固い!今からそんな気合入れてどうすんだ。ただの用品店だよ」
「……はい…」
あの頃は祓魔師になったばかりで、何事に対してもガチガチに緊張していた。この時も、もちろんそうだった。
「よォ、女将。話してた雪男だ。今日から祓魔師なんだよ。まだ14にもなってねェから宜しく世話焼いてやってくれ」
「よろしくお願いします」
「アラアラアラ、まぁ―― こちらこそ!まだ若いのに立派だねぇ。そうだ!しえみ…!」
女将は部屋の奥に向かって叫んだ。しばらくしてやってきた少女は、襖の陰からまるで珍しい物を見るように隠れて出てこない。
「ウチのしえみ。座敷童みたいだろ?あはは!アタシの娘なんだけどね。酷い人見知りで学校にも行けなくてさ。
しえみ、この人はあんたと同い年で祓魔師の先生なんだってよ!」
「あ、…こんにちは。奥村雪男と言います」
「…こんにちは…」
やっと聞き取れるほどの小さな声であいさつを返してくれたしえみ。そのあとはすぐに奥の部屋に消えて行ってしまった。
極度の恥ずかしがり屋さんらしい。戻ってくる気配すらない。
祓魔屋での用も終わり、雪男が祓魔師としての初任務(?)を終えようとしていた時。
「先生…先生!」
「え… 僕!?」
「魔除け… お務め気をつけて下さい」
「…あ、ありがとうございます」
いきなり手渡されたのは四つ葉のクローバー。あの時消えたと思っていたのはこれを探しに行っていたためらしい。
「先生…」
「あ!…あの…その… 先生って変だから、もっと気楽な感じで呼んでもらえますか」
「…はい」
「例えば…「ゆきちゃん!」え!?」
「ゆきちゃんはどうですか?」
「あ…えっと、可愛い感じですね。随分と…」
これが雪ちゃんと呼ばれ始めた由来だった。あれほどキラキラした笑顔を見せられては断るにも断れない。
「あ…あの頃は今よりひどくて…!ごめんなさい!!…私、雪ちゃんに憧れてたの。…すごい人だと思って」
もちろん、今もあこがれの人物1だ。
「…僕はそんな大層な人間じゃないですよ。僕も昔は泣き虫で、兄に助けてもらってばかりいたんです」
「雪ちゃんが?」
「はい。兄は…いつも僕にはできないことをしてしまうんです。…だから小さい頃は僕も兄に憧れていた」
今は呆れの対象と大きな悩みの種。頭痛の種とも言える。
「雪ちゃんが… 燐、優しい人だもんね」
「そうですね…」
随分と本題からそれてしまった。
「…とりあえず女将さんともよく話し合って、明日の結果発表までにはどちらかはっきりと決めて下さい」
「はい…」
その時、ふと海とネイガウスに言われた言葉が頭をよぎった。
「―――なに、本当に殺すわけじゃない…安心するといい」
「天才祓魔師(エクソシスト)の君はただでさえ忙しいそうだからな…」
『雪男、今日は燐のことを気にかけた方がいい』
『アイツが何かしでかすのは目に見えてるだろ?…バカなやつはすぐ行動に移るからな』
妙に嫌な予感がした。
「すみません、失礼します」
「雪ちゃん?」
雪男は急ぎ足で祓魔屋を去っていった。