儚き狼 本

□第1幕
3ページ/4ページ






『やっぱ外の空気は心地いい』



舞は京の出店に来ていた。ごったがえす人の波に身を任せ、あちこちを見て回る。



『活気あふれる町だ…』



人間は好きだ。でも、一定のラインを越えることはできない。信用できる人間など、この世の中に存在していなかった。



「いらっしゃい、お嬢ちゃん」



気がつくと、一軒の店の前に来ていた。そこには色とりどりの簪が所狭しと並べてある。



『…手造りか?』


「ああ、よく解ったね!そうさ、みんなワシが造ったもんさ」



自慢げに胸を張るのは、綺麗とは言い難い着物を着た男性。周りを見回せば、他の店主は皆綺麗な着物を着ている。
店の作りも、他の店と比べてボロ臭い印象だった。そのためか、こんなに綺麗な簪があるのに、客は自分以外誰一人いない。



『これ、1本貰おうか』


「あいよ!お嬢ちゃん別嬪さんだから、もう一本オマケだ。好きなの選びな」


『だが…』


「いーのいーの!こんなボロっちいワシの店に来てくれた礼でもあるんだからな!」



人の良さそうな笑顔。



『…すまない』


「いーってことよ!」



本当に嬉しそうに笑う店主に、一瞬心が揺れかけたが、あの人間の言葉で現実に引き戻された。



「またおいでー!」



後ろでそう言っている店主の言葉など、耳にも入ってこなかった。










―夜―



「やあ、お嬢ちゃん。また会ったね!」



睡蓮に言われた「暗くなる前に帰って来い」を実行することもなく、舞は夜の道を一人歩いていた。
そこへやって来たのは、昼間簪を一本おまけしてくれた店主。



「一人なのかい?帰る家は?両親は?」



執拗に聞いてくる店主。それを無視し、その場から立ち去ろうとする。



「ありゃ、いけないねぇ?質問は答えるためにあるんだよぉ?」


『…家庭内事情まで話すほどの仲じゃない』


「そうなのかい?ワシはてっきり心を開いてくれたもんだと思ってたのによぉ?」



昼間とは違う店主に、悪寒がする。コイツ…裏がある。



「嬢ちゃん、何度見ても綺麗だよ。ワシ、一目惚れしちまったんだ。
こう見えても、ここらじゃ有名な和菓子店の店主なんだよ。ワシの妾(めかけ)にならんか?」



やっぱり、ろくな人間じゃなかった。この世には汚れた人間ばかりだ。欲望のままに、自らを突き動かす。
優しい人間には裏がある。睡蓮がよく言っていた言葉通りになった。



「ワシを惚れさせておいて逃げるとは、罪な女だなぁ?」



近づいてくる男。



「さぁ、こっちへおいで。毎日贅沢できるよ?」



汚れた手が伸びてくる。



「ほぉら、おいで?」



寄るな、よるな、ヨルナ!





バシッ





気がついたら、男から買った簪で男の手を叩き落していた。



「…よくも、ワシの手を…!」


『……』


「素直にワシのもとへ来ていればいいものを…もう遅い。こうなったら実力行使だ」



男の右手が上がった途端、わらわらと湧いてくる人間。所詮汚れた人間の下に付く者達だ。



「やれ。出来るだけ無傷で手に入れろ。そのあとワシが………ムフフッ、フハハハッ!汚してやるよ、お嬢ちゃぁあん!?」



狂ったように叫ぶ男。もはや人間じゃない。それに付き従う者も。



『………屑にすぎん』



襲いかかってくる屑。それを……黒い尾で薙ぎ払った。



「は?」



状況が理解できていない様子の男。その場に血飛沫が飛び散る。薙ぎ払った男共に、既に息は無い。



『所詮、屑は屑だ』


「な、え、はゅ…?」


『お前も所詮そうなのだろう?店主』



赤くなった瞳。漆黒に染まる髪。そこから生える、人間の物とは言えない耳。そして、着物の裾からのぞく黒い尾。



「に、人間じゃない…!?ば、化け物ッ!」


『屑に化け物呼ばわりされたくはない』



その場に居た店主の部下は、全て消した。残るは……店主のみ。



「わ、悪かった!許してくれッ!」


『…』



無言で近づけば、焦ったように後ずさりする男。



「まってく『消え失せろ』はガゥッ!」



沈黙。


しゃべらなくなった男。


つまり、





死。





『やはり、つまらん』


「総大将…ずいぶんと、お遊びになられたようで」


『睡蓮か…悪い、枷が外れた』


「そうです、ね」



音もなく現れたのは睡蓮。きっと私の帰りがあまりにも遅いので心配してきたのだろう。



『睡蓮』


「なんですか?総大将」


『やはり人間など、信じるにすぎんな。後には、欲望にまみれた裏切りが待っている』


「そうですね」



皮肉にも、その日の満月も、綺麗に輝いていた。





→あとがき
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ