疾風迅雷 本

□第8Q
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『伊月さん!』



「おう!」



伊月からボールを受け取った真琴は宣言通り左手でドリブルする。



「行かせないっスよ!!」



その前に黄瀬が立ち塞がった。



『そこでいいんですか?』


「……どういうことっスか」


『ですから……そんな場所で守ってていいのかって言ってるんですよ』



そう言うと同時に、真琴は左手だけでボールをゴールめがけてぶん投げる。



「あんなデタラメなのが入るわけ」



相手の主将がそう呟いた。





ガコンっ





『入るんですね、これが。宣言通り左手でプレーして、ハーフコート以外から打ってやりましたよ』



海常の監督に向けてそう言うと、彼は唇をかみしめていた。



『どうしました黄瀬君。僕に勝つんじゃなかったんですか?』


「クッ」


『そんなんじゃいつまでたっても僕を抜けませんよ?―もっと……』





『ゾクゾクする様な試合をしましょうよ』





その声は冷めていた。



「おい黄瀬、あの女なんだよ。見た感じ知り合いらしいじゃねぇか」


「そうっスけど…」


「アイツは一体何者だ?」


「真琴っちは…桜嵜中学女子バスケ部の元主将っス」


「な、桜嵜だと!?」


「それに…オレらキセキの世代が欲してやまない存在っス」



もちろん、オレもっスよ。そう呟いて黄瀬は持ち場に戻って行く。その背中に話しかける笠松。



「…弱点とかは?」


「そんなの、あるようでないもんっスよ」


「どういうことだよ」


「たとえばドライブを苦手だと相手に思いこませておいて、油断したトコをドライブで抜く、みたいな。
オレらキセキもよくその手に引っ掛かったんスよ。よーするに詐欺師みたいなもんスよ」



笠松はそう言って持ち場に戻った黄瀬を見て唸った。これじゃあ突破口が見つからないままだ。
まだ点は3点しか入れられてはいない。しかし、このままいくと確実に点差は詰められ、大差で負けてしまう。



「左手でやって、ハーフコート以外から打ってこの強さ…。本気になったら「ダメっスよ」何がだよ」


「真琴っちを本気にさせたらダメっス」



持ち場に戻って行ったはずの黄瀬が笠松の目の前に立っていた。



「んでだよ」


「本気にさせたら……キセキの世代でも歯が立たない。それどころか……バスケを嫌いになる。オレらは真琴っちの本気を見た。
そのプレーにオレらキセキはビビった。相手が自分じゃなくてよかった、と」


「……」


「あのプレーは、人間業じゃない。本気には、させていけない。これはオレらキセキが決めた鉄則だ」



いつものおちゃらけた表情とは違い、真剣な表情の黄瀬に思わず笠松も生唾を飲み込んだ。その視線は思わず彼女に向く。



『もーこれじゃあ勝負にならないですね』



無邪気にそう言う彼女の目には、他の選手が持つ本気の炎が灯ってはいなかった。まるで、アップだと言わんばかり。汗一つかいていない。



『仕方ありません。シュートは打ちません。パスだけします』



見下している。瞬時にそう感じ取った。










それから早数分。真琴は宣言通りパスしかしなくなっていた。しかしそのパスは的確で、ブロックのしようがない。



『チッ(でも点差が縮まらない…!)』



パスは的確だ。問題は点を決める人にある。いや、問題といってもプレーが悪いわけではなく、入れようとした途端ブロックされる。
もちろん入るボールもあるのだが、ほぼ半数がブロックされてしまうのだ。



「止めらん無くてもパスしかしねぇんだ!パスされた奴を止めりゃいい!!ドリブルしてる時は構うな!!」



海常の監督が息を荒げてそう叫ぶ。確かに真琴がドリブルでボールを運んでいるときには、相手は寄り付かなくなっていた。



『結構、これはこれできついですね…』



今更言ったことを撤回することもできない。とにかく点を決める人がどうにかして入れなくてはいけない。



「第3Q残り3分―――!!」


「カントク、何か手はないんですか?」


「…前半のハイペースで何とか仕掛けるような体力残ってないのよ。真琴ちゃんは点を決められないし……」



誠凛のベンチでは半ばあきらめムードが漂っている。



「せめて黒子君がいてくれたら…」



祈るようにリコが呟いた声に、



「…分かりました」



後ろで寝ていたはずの黒子が返事をした。



「え?」


「おはようございます。…じゃ、行ってきます」




  
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