儚き狼 本

□第11幕
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「入るぞ、黒狼」



自室に戻ってしばらくしたころ。遠影は言葉通りやって来た。



「俺のこの力を使うには、いくらか黒狼にもしてもらわなきゃならないモンがある」


『何だ?』



刀の手入れをしていた手を休め、目の前に胡坐をかいて座った遠影を見る。



「俺の影がつかんだ情報を逐一報告しろ、と言ったな?」


『ああ』


「一々報告するには俺の情報は多すぎる量だ。だから黒狼、お前に直接見えるようにする」


『そんなことが出来るのか?』


「出来るから来たんだろうが」



はあ…とため息を吐き、右手を舞の赤く染まっている右目に重ねる。



「しばらくの間、俺の右目をお前に貸してやる」


『その間お前の右目はどうなる』


「影が代わりをしてくれる。心配ない」



遠影の手が退いた。右目には何の変化もないように思える。



「幸いお前が人間の姿を形どっているときの瞳は黒だ。怪しまれる心配もない」


『…ということは、今は黒いんだな?』


「ああ。情報は俺が影を放ったと同時に流れてくる」


『分かった。迷惑をかけるな』


「構わない。さて、今から放つか?」


『頼む』



遠影の背後から黒い何かが飛び出していった。それとほぼ同時に、右目から流れてくる風景。



『……ッ。結構きついな』


「情報量が多いからな。慣れだ慣れ」



勝手に部屋にあった酒を飲み始める遠影を左目で見る。右目には大阪城へと向かう様子が映し出されていた。



『これはお前も見えているのか?』


「当たり前だろ。俺の影だ。俺が見えなくてどうする」


『こんなのが両目に流れていたら、大変だな』


「ンな馬鹿なことしねぇよ。俺はいつも片目にしか流してない」


『…さすが影縫烏、と言ったところか』


「嫌味か」


『まさか。褒めたんだよ』



遠影が飲んでいた酒をひったくり喉に流し込む。映像はすでに大阪城についていた。



「影は俺が操作している。誰かに張り付けておいた方がいいか?」


『淀』


「は?」


『淀に張り付けておけ』


「おいおい…羽衣狐本体に張り付けろと?ばれて振り払われるのがオチだ」


『おや、出来ないのか?先程どんな危険な命でも聞き入れると言ったのはお前自身だろう』


「…」



苦虫を噛み潰したような顔をすると、遠影は右手を再び舞の右目にかざした。



『何をする』



手が離れていくと、右目にはもう大阪城内の映像は流れていなかった。



「羽衣狐本体に影を張れという命なら話は別だ。俺が見る」


『何故だ』


「羽衣狐がやっていることはあまりにも無残だ。お前に見せられるような代物じゃない」


『…私を馬鹿にしているのか』


「そういうわけじゃない。ただ悪影響だと言っている。奴良組と羽衣狐両方を抱え込むにはお前の細腕じゃ無理だ。
………羽衣狐は、俺が抱えてやる。何かあれば影で伝える。お前はシマのことだけ考えていればいい」


『なら傍にいろ』


「…」


『命令だ。私の傍にいて淀の行動を報告しろ』


「御意」



念のため、と遠影は己の影で作った鴉を部屋に残し、退室していった。流石に部屋まで一緒というわけにはいかない。



『………』



手に持っていた杯を横に置く。



『この地は誰にも渡さない……穢させやしない』



杯に残った酒に映る月が、揺れた。




  
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