理想と真実 本
□第十三話
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数分後。あれから黙ってしまったオレらを見かねてか、アデクが近くのパン屋でパンをおごってくれた。
『……で、イッシュのチャンピオンがなんでここに居るんだ』
「それは君にも言えたことだろう?」
『今はオレが質問してんだよ。答えろ』
「……イッシュを巡る旅をしている、とでも言うかな。それより、キミ達の夢はなんだい?」
『んだよ突然……』
「もちろん、チャンピオンになることです」
途端、今まで黙っていたチェレンがしゃべった。
「そうか。で、チャンピオンになってキミはどうするんだい?」
「どうって……チャンピオンになることが夢なんですから、なったらのことは考えてません」
「強さを追い求めて、チャンピオンを目指しているのかい?」
「そうですね。ボクはイッシュで一番強いトレーナーになりたい。それこそがボクの存在意義であり、旅をする理由です」
「そうか……。だが、キミはまだ弱いな」
「……確かにそうかもしれません。でも、ボクはここまで一度も負けてはいな「そういうことじゃない」…じゃあなんですか」
チェレンの言葉を遮ってアデクが話す。
「キミは自分のポケモンの言葉に耳を傾けたことがあるかい?」
「声?鳴き声にどうやって耳を傾けろと。到底ボクには理解できません」
「それが理解できるようになって、初めてトレーナーと言えるようなものだ。たとえ言葉が分からなくとも、心は通じているものだ。
それを感じ取り、彼らの望むことをしてやる……。それがトレーナーというものさ」
「……参考にはしてみます。役立つかは知りませんが」
まるでわかっていない様子のチェレン。
『(…だよな、アイツらには声が聞こえていない。聞こえているオレが可笑しいのか…)』
思わず目を押さえた。今は赤く染まっているだろうこの目。あれさえなければこんなことには……
「レイン君?どうかしたのかい?」
『いや、別に』
目から手を離す。
「じゃあキミは何の目的で旅をしているんだい?」
『……強い奴を求めている。オレが負けそうなくらいに追い詰めてくれるような奴を。アデク、お前には無理そうだけどよ』
「ハハ、言われてしまったな」
食べていたパンのゴミを屑かごに放り込むと、アデクは立ち上がった。
「引き止めて悪かったね。ホドモエに向かうのだろう?」
「はい」
「あそこのジムリーダーは一風変わっておる。面白い奴だぞ」
そう言い残すと、アデクは蛾みたいなポケモンに乗って跳んで行った。
―ウルガモス。太陽ポケモン……
図鑑が機械的な声でアデクが出したポケモンの詳細を話す。それを途中で切った。
『…カミツレ』
「何?」
隣にいたカミツレは、食べている途中のパンから口を離してレインを見た。
『オレは一体何だ』
「何だって………人間でしょ」
“普通の”人間だったらポケモンの声なんか聞こえねぇだろ。と、心の中でぼやいた。
「どうしたの、本当に。さっきも目を押さえてたけど………気分でも悪い?」
本当に心配そうにカミツレが顔を覗き込んでこようとする。それを顔を逸らして避けた。この赤い目を見られる訳にはいかない。
『いや、別に……。プラズマ団とかいう連中と絡んでると、…………何でもねぇ』
途中で自分が何を言っているのか理解できなくなって話を止めた。自分が制御できない。一体いつ振りだろうか。
《レイン、今すぐここから離れる。ついて来い》
状況を察したスイラが裾を引っ張ってくる。それに誘導されるようにレインは立ちあがった。
『……チェレン』
「何」
『お前は先にホドモエに向かってろ』
「レインはどうするの」
『ちょっと野暮用だ』
怪訝そうな顔でチェレンがレインを見る。
「…まさか、また変なことに首突っ込もうと思ってないよね」
『変なことって……。おめェはその変なことを見たことあるのかよ』
「ライブキャスターでよくベルが勝手に話してくるんだよ」
余計なことしやがる。
『とりあえず野暮用だ。ついてくんなよ』
そのままレインはスイラに導かれるように森の中へと姿を消していった。
「…どうしたのかな」
「アイツは……謎が多い。まだであって間もないけど、ボクらに見せる表情はきっとアイツの切片にすぎないんです。
アイツは……レインは、きっと大きなことを隠しているんでしょう。それがどういったことかは分からないけど」
チェレンの言葉に、カミツレを小さく頷いたのだった。